地球は地軸の回りを回転(自転)しながら太陽の回りを回って(公転)いる。これを地動説という。地動説では宇宙の中心は太陽としており、そのことから太陽中心説ともいわれている。

地動説の元が考えられたのは紀元前です。しかし地動説が人々に知られるようになったのは1500年頃のこと。意外と最近のことです。

今回は地動説がどのように生まれ人々に受け入れられたのかを勉強する。解説はたかはしふみかです。

ライター/たかはし ふみか

オススメなテスト勉強法はわからない用語の意味をしっかりまとめるという、疑問があれば即実験の科学大好き人間。高校は化学部、国立大学工学部化学系出身でカテキョウのバイトをしていた科学館職員。

地動説とは?天動説とは?

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地球から見ると、太陽や惑星が動いて見えます。しかし、実際に動いているのは地球です。これは乗り物をイメージするとわかりますね。動いている車の中では自分が動いているのに、まるで風景が後ろに動いているように見えます。

「地動説」とは地球が動く、という意味です。(また地動説では宇宙の中心が太陽としているため、「太陽中心説」とも呼ばれています。反対に太陽や他の惑星が動くという考え方を「天動説」と言うのです。実は天動説も地動説も生まれたのは紀元前のこと。しかし、偉大なアリストテレスが天動説を指示したことや宗教的な要因から地動説は受け入れられず、天動説が世界の常識となったと言われています。ただし、天動説と宗教の確執については諸説あるようです。

天動説についてはこちらの記事をどうぞ。

自転と公転

自転と公転

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地動説の歴史に入る前におさらいです。

コトバンクによると自転とは「天体がそれ自身の直径の一つを軸として回転すること」公転とは「惑星、衛星、伴星がそれぞれ太陽、惑星、主星のまわりを周期的に周回運動すること」とされています。地球をはじめとした天体は自転しながら太陽の周りを公転しているのです。

惑星によって自転や公転にかかる時間は大きく異なります。自転の速度で最も短い惑星は木星で9時間55分、最も長い惑星は金星の約117日です。一方公転の速度は最も短くて水星の約88日、最も長い海王星はなんと約165年もかかっています。

太陽系の惑星についてはこちらの記事を参考にしてくださいね。

地動説の歴史

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地動説の誕生

地動説の元となる考えが生まれたのは紀元前310から230年頃のことです。古代ギリシアの天文学者、サモスのアリスタルコスは宇宙の中心が太陽であると唱えました。人類で初めて唱えられた太陽中心説(地動説)ですが、その後プトレマイオスによって体系化された天動説の方が広く受け入れられたのです。アリスタルコスの著書、「太陽と月の大きさと距離について」によると太陽は動かず、その周囲を地球が回っているとされています。

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ラファエロ・サンティ - Web Gallery of Art:   静止画  Info about artwork, パブリック・ドメイン, リンクによる

しかし、その少し前の紀元前4世紀に同じく古代ギリシアのエウドクソスは地球が宇宙の中心で、その回りを他の惑星が回っていると考えました。それをアリストテレスが発展させたのです。そして古代ローマの学者、クラウディオス・プトレマイオス(83年~168年)が著書「アルマゲスト」に宇宙の中心が地球であることをまとめました。

この天動説が世間に受け入れられ、以後長い間信じられたのです。

\次のページで「コペルニクスと地動説」を解説!/

コペルニクスと地動説

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ヤン・マテイコ - www.pinakoteka.zascianek.pl, パブリック・ドメイン, リンクによる

1473年、ポーランドに生まれたニコラス・コペルニクスコペルニクスの登場によってついに地動説が人に広まることとなります。

コペルニクスはポーランド最古のクラクフ大学で天動説を問題視するブルゼスフキの元で天文学を学びました。そして1508年頃から地動説について考えるようになりました。そしてその考えを著書「コメンタリオルス」にまとめたのです。コペルニクスの友人を中心に広がった地動説。さらに亡くなる直前に「天体の回転について」という著書をまとめています。

コペルニクスについてはこちらの記事をどうぞ。

ガリレオ・ガリレイの発見

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ジョゼフ=ニコラ・ローベル=フルーリー - https://web.archive.org/web/20050424195324/http://library.thinkquest.org/C005358/images/galilei_image01.jpeg, パブリック・ドメイン, リンクによる

地動説の信ぴょう性が増したのはガリレオ・ガリレイ(1564年2月15日~1642年1月8日)のおかげです。ガリレオはイタリアの物理学者、天文学者で近代科学に大きな影響を与えています。

ガリレオは「慣性の法則」を発見し、それをからめて地動説について考えました。慣性の法則とは「動いているものは動き続ける」という法則です。この法則によって地球が自転していても放り投げた石がもとの位置に落ちることを説明できるようになりました。そして地球が動いているのなら石が落ちる位置も動くはず、という反論を覆したのです。また、ガリレオが望遠鏡で木星の衛星を観測し、月が地球に取り残されず動いていることを説明しました。

ガリレオは宗教裁判で裁かれ、地動説を否定するよう判決が出ています。その時に残した「それでも地球は回っている」という言葉は有名ですね。しかしこ言葉をつぶやいたことについて実はつぶやいていなかった、という説があります。科学と宗教、さらに政治は複雑な関係にあり、後から作られたストーリーやエピソードもたくさんあるようです。

ケプラーの登場

ヨハネス・ケプラーはドイツの天文学者です。ケプラーはケプラーの法則と呼ばれる惑星の運動に関する3つの法則を見つけました。その法則の第1法則は「惑星は、太陽を焦点のひとつとする楕円軌道上を動く」というものです。

この第1法則は惑星の軌道が円ではなく楕円であること、そして速度が一定ではないことを示しています。このケプラーの法則によって地動説よりも天動説の方が天体の動きを正確に説明できるようになったのです。

ケプラーの法則の詳細はこちらでどうぞ。

ニュートンと万有引力

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アイザック・ニュートン(1642年12月25日~1727年3月20日)はイングランドの数学者、物理学者、そして天文学者です。ニュートンといえばリンゴと万有引力のイメージですね。万有引力とは「すべての物質は互いに影響しあっている」というものです。

ニュートンは引力が惑星にも太陽にもあるとし、まっすぐな運動をするはずの惑星が太陽にひっぱっているとしました。このことでやっと地動説V.S.天動説の戦いに決着がついたのです。

\次のページで「惑星は回っている」を解説!/

惑星は回っている

地球からは太陽や惑星が動いて見えています。しかし、本当に動いているのは地球ですね。これは今では誰でも知っている事実ですが、これが常識となったのは比較的最近のこととです。地球だけでなく太陽系の惑星は太陽の周りを公転し、惑星自体は自転しています。この事実がわかるにはたくさんの科学者の研究があったのです。

科学者には様々な伝説があります。しかしそれらの中には後世が作ったものもたくさんあるのです。自分で伝記や資料を読んで科学者の生涯を知ることは、科学への知識を深めることにつながります。法則はもちろん、科学者についても興味を持ってみてくださいね。

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地学地球理科

3分で簡単「地動説」地動説とはどんな説?その歴史も踏まえて科学館職員がわかりやすく解説

地球は地軸の回りを回転(自転)しながら太陽の回りを回って(公転)いる。これを地動説という。地動説では宇宙の中心は太陽としており、そのことから太陽中心説ともいわれている。

地動説の元が考えられたのは紀元前です。しかし地動説が人々に知られるようになったのは1500年頃のこと。意外と最近のことです。

今回は地動説がどのように生まれ人々に受け入れられたのかを勉強する。解説はたかはしふみかです。

ライター/たかはし ふみか

オススメなテスト勉強法はわからない用語の意味をしっかりまとめるという、疑問があれば即実験の科学大好き人間。高校は化学部、国立大学工学部化学系出身でカテキョウのバイトをしていた科学館職員。

地動説とは?天動説とは?

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地球から見ると、太陽や惑星が動いて見えます。しかし、実際に動いているのは地球です。これは乗り物をイメージするとわかりますね。動いている車の中では自分が動いているのに、まるで風景が後ろに動いているように見えます。

「地動説」とは地球が動く、という意味です。(また地動説では宇宙の中心が太陽としているため、「太陽中心説」とも呼ばれています。反対に太陽や他の惑星が動くという考え方を「天動説」と言うのです。実は天動説も地動説も生まれたのは紀元前のこと。しかし、偉大なアリストテレスが天動説を指示したことや宗教的な要因から地動説は受け入れられず、天動説が世界の常識となったと言われています。ただし、天動説と宗教の確執については諸説あるようです。

天動説についてはこちらの記事をどうぞ。

自転と公転

自転と公転

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地動説の歴史に入る前におさらいです。

コトバンクによると自転とは「天体がそれ自身の直径の一つを軸として回転すること」公転とは「惑星、衛星、伴星がそれぞれ太陽、惑星、主星のまわりを周期的に周回運動すること」とされています。地球をはじめとした天体は自転しながら太陽の周りを公転しているのです。

惑星によって自転や公転にかかる時間は大きく異なります。自転の速度で最も短い惑星は木星で9時間55分、最も長い惑星は金星の約117日です。一方公転の速度は最も短くて水星の約88日、最も長い海王星はなんと約165年もかかっています。

太陽系の惑星についてはこちらの記事を参考にしてくださいね。

地動説の歴史

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地動説の誕生

地動説の元となる考えが生まれたのは紀元前310から230年頃のことです。古代ギリシアの天文学者、サモスのアリスタルコスは宇宙の中心が太陽であると唱えました。人類で初めて唱えられた太陽中心説(地動説)ですが、その後プトレマイオスによって体系化された天動説の方が広く受け入れられたのです。アリスタルコスの著書、「太陽と月の大きさと距離について」によると太陽は動かず、その周囲を地球が回っているとされています。

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ラファエロ・サンティWeb Gallery of Art:   静止画  Info about artwork, パブリック・ドメイン, リンクによる

しかし、その少し前の紀元前4世紀に同じく古代ギリシアのエウドクソスは地球が宇宙の中心で、その回りを他の惑星が回っていると考えました。それをアリストテレスが発展させたのです。そして古代ローマの学者、クラウディオス・プトレマイオス(83年~168年)が著書「アルマゲスト」に宇宙の中心が地球であることをまとめました。

この天動説が世間に受け入れられ、以後長い間信じられたのです。

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