平成現代社会

3分で分かる「地下鉄サリン事件」その経緯と現在の影響を元大学教員が解説

よぉ、桜木建二だ。「地下鉄サリン事件」を覚えているだろうか。オウム真理教という名前の教団が、東京の霞ケ関駅を通過する3つの地下鉄の車両をサリンで充満させたという事件。現場は朝の通勤客が多い時間帯だったこともあり被害者が多数出た。容態が急変して亡くなる、マヒなどの後遺症が残るなど、重篤な状態に陥った人も少なくない。現在も自宅で介護を受けながら暮らしている被害者もいる。

麻原彰晃を教祖とする新興宗教団体であるオウム真理教。どうして猛毒を散布して人々の日常を奪おうとしたのか、「地下鉄サリン事件」が起こる経緯とその後を、現代社会に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。地下鉄サリン事件が起こったときちょうど高校生だった。この当時多発テロ事件の逃亡犯がなかなか捕まらず不安になったことを覚えている。入信者の多くは高学歴の若者で、私と年齢が近かったことも驚きだった。そんな地下鉄サリン事件について調べてみた。

地下鉄サリン事件とは?

image by PIXTA / 54610956

地下鉄サリン事件とは、オウム真理教の複数の犯人が地下鉄の車両に分かれて実行した同時多発テロのこと。1995年3月20日の朝に起こりました。化学兵器として使用されているサリンを散布したことで、多数の死者や負傷者が出るなど甚大な被害がもたらされました。

化学兵器を使用した同時多発テロ事件

地下鉄サリン事件の大きな特徴は化学兵器であるサリンが使われたこと。サリンとは、有機リン化合物である神経ガスのひとつ。化学兵器としてサリンが製造された最初の例は、ヒトラーが率いるナチス・ドイツでした。そのためサリンはドイツ語です。

ナチス・ドイツは第二次世界大戦中にサリンを使うことはありませんでした。ただ、終戦後もソ連、アメリカ、イギリスなどで大量に製造。イラン・イラク戦争でサリンが使われたと言われています。それをオウム真理教が製造したことも大きなニュースとなりました。

千代田線・丸ノ内線・日比谷線がテロ現場となる

地下鉄サリン事件の現場となったのが千代田線、丸ノ内線、日比谷線の3路線。サリンが散布された車両は、代々木上原行きの千代田線、荻窪行きの丸ノ内線、池袋行きの丸ノ内線、東武動物公園行きの日比谷線、中目黒行きの日比谷線。あわせて5つの車両でした。

実行犯たちは、それぞれの担当車両に行って、ポリ袋に入れたサリンを散布。最初はポリ袋の中身が分からなかったため、駅員が直接サリンに触れる、ガスが充満するなか救出活動をするなどして、被害がどんどん拡大していきました。

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このとき一体なにが思ったのかみんな分からなかった。通勤客が多い時間帯だったこともあり、サリンの液体を車内に残したまま走行する車両もあったようだ。乗客がどんどん倒れていき車内はパニックに。救出時の状況はテレビで中継されて全国に恐怖が走った。

オウム真理教とは?

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あばさー自ら撮影, パブリック・ドメイン, リンクによる

地下鉄サリン事件を画策したオウム真理教とは麻原彰晃を教祖とする新興宗教団体。オウムとは、サンスクリット語で宇宙の創造、維持、破壊を意味する言葉です。その教義は世界のあらゆる宗教を融合させたもので、なんでもありという内容でした。

麻原彰晃とはどんな人物?

麻原彰晃の本名は松本智津夫。熊本県の出身で、左目がほとんど見えない視覚障害者でした。妻は予備校に通っていた時代に知り合った石井知子。オウム真理教が設立されたあとは最高幹部のひとりとして権力を持つように。3人の娘ものちに幹部となりました。

麻原彰晃の名前が世に知られるようになったきっかけがダライ・ラマ14世との接見。チベット仏教の幹部に接触することで接見に成功したようです。空中浮遊しているように見える写真も世に広まりました。カリスマ性を演出することに長けていた彰晃は信者を増やしていきます。

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