日本史

5分でわかる「仏教」始まりは?どんな教え?どうやって日本に伝来した?歴史オタクがわかりやすく解説

よぉ、桜木健二だ。「仏教」はみんな知っているな?日本ならどこにでも寺はあるし、観光地として開かれているところもあるから、境内に入ったことのある人も多いだろう。
今回は「仏教」の始まりや日本への伝来がどんなものだったかについて歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は義経をテーマに執筆。これまでたくさん仏教の宗派について勉強し、まとめてきた。今回はその大本にあたる「仏教」そのものについてわかりやすく解説していく。

1.仏教の誕生はどこ?

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仏教はどこで生まれたの?

「仏教」は日本でもメジャーな宗教です。キリスト教、イスラム教と並ぶ世界三大仏教のひとつですね。

日本のどこにでもお寺があり、その中にはご先祖様のお墓がある人もたくさんいらっしゃると思います。観光に開かれたお寺もありますね。特に京都では清水寺をはじめとしたたくさんの寺院が開かれています。清水寺は修学旅行の定番ですから、行ったことがあるという人も多いでしょう。

ところで、その「仏教」がいったいどこから来たかご存知でしょうか?お寺は古くから日本に存在しているから、日本が発祥と思っている人も少なくないかもしれません。しかし、仏教誕生の地は日本ではないのです。

仏教が生まれたのは、紀元前450年ごろの北インド。このころの仏教を現在の仏教と区別するため「初期仏教」あるいは「原始仏教」と呼びます。

仏教の開祖「ガウタマ・シッダールタ」の誕生

仏教の開祖は「ガウタマ・シッダールタ」といいました。仏教で「お釈迦(しゃか)様」や「仏陀(ブッダ)」というのはみんなこの人を指して言います。

ガウタマ・シッダールダが生まれた当時のインドはコーサラ国という大きな国がありました。そして、コーサラ国の属国のひとつ、シャーキヤ国の王子として生まれたのがガウタマ・シッダールダだったのです。

ガウタマ・シッダールダの生まれ方にはたいへん有名なエピソードがありますね。

母・マーヤーが里帰り出産をしようと実家へ戻る旅路の途中、ルンビニー(現在のインドとネパールの国境付近にあった小国)の花園でマーヤーが産気づき、彼女の右脇からすぽんとガウタマ・シッダールダが生まれ出たのです。それだけでなく、彼は誕生した直後には立ち上がって七歩歩き、右手で天を、左手で大地を指さして「天上天下唯我独尊」と言ったとされています。簡単に訳すと、これは「すべての人は平等だ」という意味です。

この当時からすでにインドには「カースト」という強力な身分制度がありました。彼がカースト制度に強く反対していたのも有名ですね。

ガウタマ・シッダールダの誕生日は、現在の暦で四月八日とされていて、毎年この日にお寺では灌仏会(花祭り)が行われています。

ガウタマ・シッダールダの尊称

「釈迦」というのは、部族の名前の「シャーキヤ」を漢字に表したもの。サンスクリット語で「シャーキヤ族の聖者」を「シャーキヤムニ」といい、これを漢訳すると「釈迦牟尼」となります。そこから「釈迦牟尼」を略し、ガウタマ・シッダールダを「釈迦(お釈迦様)」と呼ぶようになったのです。

もうひとつの「仏陀」は、「目覚めた人」という意味で、もともとはインドで修行していた優れた聖者に対する呼称でした。それが仏教でも用いられ、ガウタマ・シッダールダの尊称となったのです。

ガウタマ・シッダールダの出家

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シャーキヤ国の王子として期待を一心に背負い、すばらしい教育を受けて育ったガウタマ・シッダールダ。十代の後半には母方のいとこ・ヤショーダラーと結婚して息子・ラーフラが生まれました。

絵にかいたような幸せですね。しかし、成長するにつれ、聡明なガウタマ・シッダールダはこの世は多くの苦しみに満ちていることを知ります。すべての人間は老いに苦しみ、病に苦しみ、そして最後に死ぬ苦しみを味わうことになると知ったガウタマ・シッダールダは、出家者の清らかな姿を見て自分の進むべき道を決めたのです。そうして、父王や妻が引き留めようとするのを振り切って出家しました。これがガウタマ・シッダールダ29歳のときのことです。

出家して彼は最初、高名な師のもとで瞑想や苦行に励みますが、そこでは納得のいく答えが見つかりませんでした。それどころか、直射日光を浴び続ける修行や断食など苦行によって心身が衰えるばかり。

そして、とうとうガウタマ・シッダールダは衰弱しきって、今にも死んでしまいそうになったときのこと。そばを通りかかったスジャータという娘に乳粥をもらい、なんとか命を繋いだのです。

その後、ガウタマ・シッダールダはブッダガヤの菩提樹のもとで瞑想をはじめ、どんな誘惑に負けることなく悟りの境地に至ります。出家して六年目、35歳のときでした。

こうして悟りを開いたガウタマ・シッダールダは自ら法(ダルマ)を説き、仏教を広めていったのでした。

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