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【慣用句】「泣く子と地頭には勝てぬ」の意味や使い方は?例文や類語をWebライターが解説!

よお、ドラゴン桜の桜木建二だ。この記事では「泣く子と地頭には勝てぬ」について解説する。

端的に言えば泣く子と地頭には勝てぬの意味は「道理の通じない相手には黙って従う方が良い」だが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

中高生に英語や数学など、指導経験豊富なライター要を呼んだ。一緒に「泣く子と地頭には勝てぬ」の意味や例文、類語などを見ていくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

要

ライター/要

塾講師を5年していた経験がある。留学経験があり、学生時代は留学生と英語でコミュニケーションを取っていた。日本語とは違った英語の感覚をわかりやすく伝える。

「泣く子と地頭には勝てぬ」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「泣く子と地頭には勝てぬ」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「泣く子と地頭には勝てぬ」の意味は?

「泣く子と地頭には勝てぬ(なくことじとうにはかてぬ)」には、次のような意味があります。

1.聞き分けのない子や横暴な地頭とは、道理で争っても勝ち目はない。
2.道理の通じない相手には、黙って従うしかない。

出典:goo辞典「泣く子と地頭には勝てぬ」

1.平安末期、所領を中央の権門勢家に寄進し、在地にあって荘園管理に当たった荘官。
2. 鎌倉幕府の職名。文治元年(1185)源頼朝が勅許を得て制度化。全国の荘園・公領に置かれ、土地の管理、租税の徴収、検断などの権限を持ったが、しだいに職域を越えた存在となり、室町時代には在地領主化が進行した。承久の乱以前のものを本補地頭、以後のものを新補地頭という。
3. 江戸時代、知行取りの旗本。また、各藩で知行地を与えられ、租税徴収の権を持っていた家臣。

出典:goo辞典「地頭」

「泣く子と地頭には勝てぬ」とは、聞き分けのない子供や、権力によって偉そうな態度の人には、社会における道理も通用しない・どうにもならない・黙って従う方が良いという意味です。

泣いている赤ちゃんは、聞き分けのない状況ですね。また、権力を持っているからと言って偉そうな人も、一般的な道理を理解する姿勢が欠けています。そのため、こういった人を相手にする際には道理が通用しないため、どうにもならないと諦めるか、黙って従うしかないという事を表しているのです。

言葉が通じない時や話し合っても埒が明かない時、相手に全く理解してもらえない時などに使われる言葉になります。

「泣く子と地蔵には勝てぬ」という表現は誤りです。地蔵に対しても話し合いはできませんが、ここでは「地頭(じとう)」という表現が用いられますので注意してください。

「地頭」というのは、鎌倉時代からある役職の1つです。権力を持っていた人という事がわかります。

「泣く子と地頭には勝てぬ」の語源は?

次に「泣く子と地頭には勝てぬ」の語源を確認しておきましょう。

道理の通じない相手には、いくら争っても無駄だという状況から生まれた言葉です。道理の通じない相手としては、赤ちゃん(泣く子)と権力を持つ人(地頭)が挙げられています。

地頭は平安時代から鎌倉時代にかけて荘園を管理して、税金を取り立てる役人でした。つまり、権力を振りかざす事によって、横暴な取り立てを行っていたのです。このような昔の権力者を用いて、「泣く子と地頭には勝てぬ」という言葉が誕生しました。

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