今回は今では使われることのなくなった農薬「DDT」について勉強していこう。

かつて殺虫剤として使われていた農薬ですが、今はその危険性のために使用されることはなくなったんです。

なぜ使用が禁止されたのか、現在はどう扱われているのか、化学に詳しいライターAyumiと一緒に解説していきます。

ライター/Ayumi

理系出身の元塾講師。わかるから面白い、面白いからもっと知りたくなるのが化学!まずは身近な例を使って楽しみながら考えさせることで、多くの生徒を志望校合格に導いた。

1.DDTとは

1.DDTとは

image by Study-Z編集部

「DDT(ディーディーティー)」という名前を初めて聞く人も多いでしょう。これは昭和の時代に使われていた殺虫剤として使われていた農薬の1つです。dichlorodiphenyltrichloroethane(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)という名称の頭文字をとってDDTとよばれています。化学物質の名称は物質の基本構造、含まれる元素やその配置によって定められるものです。(ただし、このDDTというのは正式なものではなく、正式化学名は2,2-bis (p-chlorophenyl)-1,1,1-trichloroethaneとされています。)なぜこういった化学名になるかの説明は省きますが、今後も耳にする機会があるかもしれません。こういった化学名に注目してみるとその規則性がわかるかもしれませんね。

1-1.殺虫剤としてのDDT

DDTは日本でいう明治時代、ある科学者によって発見された物質です。その後数十年が経って殺虫効果が発見され、アメリカによって第二次世界大戦中に殺虫剤として実用化に至りました。DDTは大量生産がしやすく安価なうえに効果がいいとして広く用いられるようになったのです。さらに人体や家畜への被害がないとされたことから普及率は上がる一方だったといいます。ところで、戦争と殺虫剤に何の関係が?と思うでしょう。農作物に被害を与える虫への対策というよりは、戦争によって出た多くの死体や衛生環境の良くない場所にわくハエを退治するために用いられたのです。(実際のところ、死体や排せつ物が多すぎて期待するほどの効果は得られなかったというエピソードもあります。)

日本でも戦争後は衛生環境が悪くシラミが蔓延した時代、アメリカ軍によって持ち込まれたDDTが用いられるようになりました。市街地では軍機を用いた空中散布もされたようです。その後は次第に衛生状況が改善され、農業用の殺虫剤として使われるようになりました。

2.危険性が明らかに

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安価で製造できるうえに少量で効果があり、さらに人や家畜への影響がないとされたDDTでしたが、次第に実態が明らかになってきたのです。日本での例にもあるように、DDTは空中散布することによって広い範囲で使われるようになりました。それにより、広い範囲で動物への影響が懸念されるようになったのです。

その例として環境ホルモン作用が挙げられます。これは化学物質が生物のホルモン合成を阻害したり、逆に異常合成させたりする作用です。また、発がん性物質であるとする研究結果も報告されています。さらに問題なのは、DDTが分解される過程で生じるDDE、DDAという物質は化学的に非常に安定しているということです。つまり、分解されにくく、自然界に長く残ってしまう(残留農薬)ということを意味します。それによって環境に影響を与える可能性が指摘されるだけでなく、植物から家畜へ、家畜から人へと生物の体内に化学物質が濃縮されてしまう(生物濃縮)ことがわかったのです。

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3.マラリア対策としてのDDT

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これだけの悪影響が出れば即製造中止、販売禁止となりそうなものですが、そうはいかない事情がありました。世界各国で使用が禁止されても、一部の発展途上国ではそうできない理由があったのです。

3-1.マラリア患者増減への影響

DDTの強い殺虫効果はマラリアを媒介する蚊にも効果を示していたのです。一時激減したマラリア患者がDDTの使用禁止後に激増したという事実がそれを示しています。それでも安価で効き目のいいDDTに代わる殺虫剤を用意するのは、発展途上国にとっては難しいことです。患者の増加を重く見た国ではDDTの使用を再開せざるをえなかったといえるでしょう。しかし、DDTの使用再開によって再び患者数を減らすことができたかといえばそうではありません。マラリア蚊がDDT耐性を獲得してしまい、効果がなくなってしまったのです。

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その後は別の農薬が散布されるようになり、徐々にその数を減らしました。しかしその農薬自体、DDTよりも毒性が強いものを使用していた事例もあり、現在ではWHOが条件付きでの使用を認めています。マラリア発生によるリスクがDDT使用によるリスクを上回ると想定される場合に限り、マラリア予防として使用できると定めたのです。マラリア予防のためと限定することで、蚊がDDT耐性を持つことを食い止めようとしました。必要以上の散布は、かえってマラリア対策にならないと判断されたのです。

4.現在の取り扱い

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日本を含め、現在では40カ国以上でDDTの使用を禁止・制限しています。一方でマラリアの危険が残る発展途上国はDDTを必要としていることは事実です。マラリアは数週間の潜伏期間ののち発熱や頭痛、嘔吐といった症状が出るもので、現在でも年間数億人が罹患し200万人を超える死亡者が出るといい、その犠牲になるのは5歳未満の子供が多いといいます。DDTに代わる殺虫剤がない以上、マラリア対策としての使用に限定することで製造販売・使用許可を出すことをWHOは判断しました。日本では使用も製造もしていませんが、残留農薬や生物濃縮に関してはDDTに限った話ではないでしょう。現在普通に使用している農薬もいつ危険性が明らかになるかはわかりません。化学物質による人体への悪影響についてまとめた記事がありますので、こちらも参考にしてみてくださいね。

環境への影響が大きいDDT

DDTは戦時中に実用化されるようになった殺虫剤で、大量生産ができる安価で効き目の高い農薬として広く使われてきました。しかし次第に残留農薬や環境ホルモン作用、生物濃縮の危険性が示され、使用が禁止されたのです。しかしそれによってマラリアを媒介する蚊が増え、感染者が激増してしまいました。使用すれば環境被害、禁止すればマラリア蔓延という状況で、WHOはマラリア発生によるリスクがDDT使用によるリスクを上回ると想定される場合に限り使用可という下したのです。良くも悪くも環境への影響が大きいDDTですが、その危険性を理解したうえでうまく付き合っていく必要がありそうですね。

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化学

3分で簡単マラリア対策用農薬「DDT」使用が禁止されたのはなぜ?元塾講師がわかりやすく解説

今回は今では使われることのなくなった農薬「DDT」について勉強していこう。

かつて殺虫剤として使われていた農薬ですが、今はその危険性のために使用されることはなくなったんです。

なぜ使用が禁止されたのか、現在はどう扱われているのか、化学に詳しいライターAyumiと一緒に解説していきます。

ライター/Ayumi

理系出身の元塾講師。わかるから面白い、面白いからもっと知りたくなるのが化学!まずは身近な例を使って楽しみながら考えさせることで、多くの生徒を志望校合格に導いた。

1.DDTとは

1.DDTとは

image by Study-Z編集部

「DDT(ディーディーティー)」という名前を初めて聞く人も多いでしょう。これは昭和の時代に使われていた殺虫剤として使われていた農薬の1つです。dichlorodiphenyltrichloroethane(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)という名称の頭文字をとってDDTとよばれています。化学物質の名称は物質の基本構造、含まれる元素やその配置によって定められるものです。(ただし、このDDTというのは正式なものではなく、正式化学名は2,2-bis (p-chlorophenyl)-1,1,1-trichloroethaneとされています。)なぜこういった化学名になるかの説明は省きますが、今後も耳にする機会があるかもしれません。こういった化学名に注目してみるとその規則性がわかるかもしれませんね。

1-1.殺虫剤としてのDDT

DDTは日本でいう明治時代、ある科学者によって発見された物質です。その後数十年が経って殺虫効果が発見され、アメリカによって第二次世界大戦中に殺虫剤として実用化に至りました。DDTは大量生産がしやすく安価なうえに効果がいいとして広く用いられるようになったのです。さらに人体や家畜への被害がないとされたことから普及率は上がる一方だったといいます。ところで、戦争と殺虫剤に何の関係が?と思うでしょう。農作物に被害を与える虫への対策というよりは、戦争によって出た多くの死体や衛生環境の良くない場所にわくハエを退治するために用いられたのです。(実際のところ、死体や排せつ物が多すぎて期待するほどの効果は得られなかったというエピソードもあります。)

日本でも戦争後は衛生環境が悪くシラミが蔓延した時代、アメリカ軍によって持ち込まれたDDTが用いられるようになりました。市街地では軍機を用いた空中散布もされたようです。その後は次第に衛生状況が改善され、農業用の殺虫剤として使われるようになりました。

2.危険性が明らかに

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安価で製造できるうえに少量で効果があり、さらに人や家畜への影響がないとされたDDTでしたが、次第に実態が明らかになってきたのです。日本での例にもあるように、DDTは空中散布することによって広い範囲で使われるようになりました。それにより、広い範囲で動物への影響が懸念されるようになったのです。

その例として環境ホルモン作用が挙げられます。これは化学物質が生物のホルモン合成を阻害したり、逆に異常合成させたりする作用です。また、発がん性物質であるとする研究結果も報告されています。さらに問題なのは、DDTが分解される過程で生じるDDE、DDAという物質は化学的に非常に安定しているということです。つまり、分解されにくく、自然界に長く残ってしまう(残留農薬)ということを意味します。それによって環境に影響を与える可能性が指摘されるだけでなく、植物から家畜へ、家畜から人へと生物の体内に化学物質が濃縮されてしまう(生物濃縮)ことがわかったのです。

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