「ゆとり教育」とは、学習指導要領の改訂により必修科目の単位数を減らして休みを増やし、子どもがゆとりある生活をすることを目指す改革。知識暗記中心の授業を見直して体験型学習を導入したことも特徴です。学習時間の減少により学力が低下した、進路の幅が広がったなど、現在も評価が分かれている。

「ゆとり教育」の実施により生徒の進路がどのように変化したのか、日本経済に与えた影響などを現代社会に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。高校生のときに「ゆとり教育」という言葉が聞こえ始めてきた世代。学校では徐々にイベントに費やす時間が削減され始めていた。そんな「ゆとり教育」に関連する情報や議論の内容をまとめてみた。

「ゆとり教育」とは?

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ゆとり教育とは、小学校、中学校、高等学校にて授業時間を減らし、生きる力を育む工夫を取り入れた教育のこと。1980年代から始まった教育方針と言われています。

文部科学省の主導で行われた教育改革

ゆとり教育は、子供のゆとりがない生活を問題視した現場の声を受けて、文部科学省が中心となって進められました。いちばんの改革は学校における授業時間の削減です。

とくに膨大な量の知識を詰め込む教育を批判する声が改革を後押ししました。しかし、学力が低下することを危惧する声も根強く、議論が同時進行で行われます。

子供の社会問題や学力低下が背景

詰め込み教育が批判された理由のひとつが小学校からの落ちこぼれの出現です。落ちこぼれた子どもは、いじめにあう、不登校になる、不良になるなど、マイナスの影響がありました。

また、PISAと呼ばれる国際学力調査の結果、日本の学生の学力ランクが低下していることが発覚。それも詰め込み教育が原因であると考えられました。

PISAとは国際的な学習到達度調査のことで、OECD(経済協力開発機構)加盟国により実施されています。日本は2000年より参加。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3つの分野の習熟度を調査するのですが、思考力や応用力を図るために自由記述が多いという特徴があります。日本の子どもは、自由記述に慣れてしなかったこともあり、いい結果が出ませんでした。そこで、学習内容のあり方を大幅に見直すことになりました。

「ゆとり教育」による活動内容の変化

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授業時間が大幅に削減される代わりに、学校では新しいタイプの活動が取り入れられるようになります。教育活動の雰囲気は大きく変わりました。

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詰め込み教育から生きる力を育む教育へ

ゆとり教育が目指したのは、生きる力を育むこと。生きる力とは学力とは異なるもので、激しく変化する社会を生き抜ける、人間としての能力を指します。

生きる力という考え方が初めて公式の場で使われたのは1996年。文部科学省のなかにある中央教育審議会の答申のなかでした。

「生きる力」とは、子供たちが社会で生きていくうえで必要な力のこと。世界は急激に変化する環境にあることから、卒業したあとも学校で学んだことを生かせるように、学習指導要領が改定されました。文部科学省は「生きる力」を備えるために必要な力として、次の3つをあげています。

学びに向かう人間性:主体的に学ぶ力や、自分の感情や行動をコントロールする力
知識・技能:複数の知識を組み合わせながら応用したり、社会で知識を活用したりする力
思考力・判断力・表現力:ものごとから問題を見出し、解決するための方法を考え、実行する力

これらの力を備えるために、現在の小学校、中学校、高等学校、大学の多くは、アクティブラーニングを導入するようになりました。

小学校から完全週5日制を導入

生きる力を育むために実施されたのが学校の週5日制。土曜日に通常の授業が行われることがなくなりました。また、この時期を境に学校のイベントが一気に減らされます。

ただ、土曜日は完全に自由になったのかと言うと、そうではありませんでした。土曜日は、体験学習、調べ学習、地域連携教育などに充てられました。

「ゆとり教育」が重視した生きる力とは?

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現在の小学校、中学校、高等学校の教育目標を見ると、ゆとり教育時代に提唱された生きる力の定義がそのまま残っています。そこで、その内容を具体的に見ていきましょう。

自分で考え、行動する力のこと

生きる力とは、どのように社会が変化しようとも生き抜くことができる普遍的な力のこと。自分で考える、課題を発見する、解決に向けて行動する力を備えることが目指されました。

同時に、生きる力として他人と関わる能力も重視。コミュニケーション力、チームワーク力、協調性、共感性などが教育目標として掲げられます。それに合わせて、グループ学習、ディスカッション、ボランティア活動など、他者と一緒に取り組む活動が増えていきました。

健康や体力も重視される

ゆとり教育が開始されたきっかけのひとつが子供の健康。ここでいう健康とは、心と体の両方を指します。とくに、いじめや不登校が目立ち始めたことで、心の健康を維持することが大きな課題となりました。

くわえてインターネットが浸透することで、外で遊ぶ機会が少なくなります。とくに都会に住む子供は、近くに公園などの遊び場がないため、部屋に引きこもることが増加。そこで体力増進のカリキュラムの必要性も指摘されました。

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「ゆとり教育」により導入された新しい授業

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ゆとり教育とは、単に勉強量を減らすためではなく、考える力を備えるために行われました。そのため以前とは異なる新しいタイプの授業が導入されるようになります。授業のスタイルは現在の学校でも継続されており、馴染みがある人も多いかもしれません。

総合的な学習の時間

ゆとり教育により新しく取り入れられた代表的な授業が、総合的な学習の時間です。この授業では、先生の話を一方的に聞いて物事を暗記するのではなく、自分の頭で考えたり判断したりすることが重視されました。

総合的な学習の時間の内容はバリエーションに富んでいます。与えられたテーマについて自分で調べる、農業の収穫体験をして自然と触れ合う、地域の人たちと交流するなど。先生は状況に合わせた創意工夫が求められました。

総合的な学習の時間で積極的に行われたのが「調べ学習」です。この時期の子どもたちは、小さいことからインターネットに触れており、たくさんの情報にさらされるようになりました。そのため、どの情報が正しくて、どの情報が誤っているのか、必要なのか必要じゃないのか、自分で判断しなければならなくなります。そこで、情報を覚えるのではなく、情報を集める方法や真意を見定めるインターネットリテラシーを、授業で教えるようになりました。インターネット教育は、SNSの普及により必要性が高まり、現在も続けられています。

進路指導を充実させる傾向も

社会の変化とともに、選択できる企業、職業、生き方が多様化。そこで、新しいタイプの授業に加えて進路指導を充実させたことも、ゆとり教育の特色です。

進路指導では、高校や大学などの進学先を選択させるだけではありません。どのようにキャリアを積みたいのか、どのような生き方をしたいのかまで考えさせることが推奨されました。

「ゆとり教育」に対する評価は分かれる

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ゆとり教育は、実施されているあいだも、それが廃止されたあとも、そのメリットやデメリットの議論が続きました。新しい教育の内容が、生徒たちにいい影響を与えたのか、その評価は今でも分かれています。

学力が本当に低下したのかは定かではない

ゆとり教育の是非が議論されるときに問題となるのが学力です。意見の大多数は、ゆとり教育により生徒の学力がそうとう低下したというもの。授業時間の削減により習っていないことも増えました。

しかし、PISAのような学力を図る調査によると、全体的な順位は徐々にあがっており、とくに読解力は一気に伸びる結果となりました。暗記による知識量は減ったものの、ゆとり教育により考える力は向上したと評価する声もあります。

ベンチャー起業家やクリエイターの排出を促した一面も

ゆとり教育は、職業の選択肢の多様性を認めるもの。そこで、これまでの王道であった企業勤めとは異なる選択をする若者を増やしました。その代表的な例が起業家。とくに大学在学中に会社をおこす学生起業家が目立ち始めます。

インターネットが生活に浸透することでビジネスチャンスの可能性が拡大。ウェブサイトやアプリなどの新サービスを提供するベンチャー企業や、それらを構築するクリエイターが成功を収めるようになりました。

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ゆとり教育を受けた世代は、とくにボランティアや社会貢献活動に熱心だと言われています。というのは、ゆとり教育を実施するなかで、課外活動やボランティア活動が取り入れられ、そのような取り組みに興味を持った子供が増えたからです。大学に入学したあと、自らボランティア団体を立ち上げたり、NPO法人の運営に積極的に関わったりする人も増加。大学卒業後は、企業に就職するのではなく、社会貢献活動に取り組む人も少なくありません。それもゆとり教育によるいい変化と言えるでしょう。

「ゆとり教育」が受験に与えた影響

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ゆとり教育によりいろいろなことが変化しましたが、なかでも受験に与えた影響は大きかったと言われています。良い影響も悪い影響もありました。

ゆとり教育により教育産業が活発化

ゆとり教育により学校で教わる教科数や単元が少なくなると、子供の学力低下を心配する保護者が増えてきます。少なくなった学習量を補うために教育産業が活発になりました。

土曜日は通常の授業が行われず完全に休みになる学校も。授業がなくなった時間を利用した学習塾や補習塾のほか、学習支援アプリの開発が目立つようになりました。

経済格差が受験に影響を与える一面も

学校で習う知識が減るぶん、別にお金を払って子供に学習環境を与える必要が。そのため家庭の経済状況により学習の機会が変わることが問題視されるようになります。

ひとり親世帯など経済的に余裕がないところは子供を塾に通わせられません。家庭の経済格差がそのまま受験に反映され、さらに経済格差が広がると言われるようになりました。

「ゆとり教育」の是非の論争はまだ継続中

ゆとり教育の評価はまだはっきりしません。とくに就職後のゆとり世代は、根気がない、やる気がないなど、ネガティブな評価が目立っています。それがゆとり教育の問題なのか企業の体質の問題なのか、今のところ定かではありません。

ゆとり教育を受けた世代は、YouTube文化を築きあげるなど、新たなムーブメントを起こしていることも事実です。ネガティヴな評価が目立つものの、それにとらわれることなく、ポジティブな面にも目を向けていくことで、本当の評価が見えてくるでしょう。

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平成現代社会

3分で簡単「ゆとり教育」内容は?いつ始まった?本当に失敗?重視した内容やその後の影響も元大学教員がわかりやすく解説

「ゆとり教育」とは、学習指導要領の改訂により必修科目の単位数を減らして休みを増やし、子どもがゆとりある生活をすることを目指す改革。知識暗記中心の授業を見直して体験型学習を導入したことも特徴です。学習時間の減少により学力が低下した、進路の幅が広がったなど、現在も評価が分かれている。

「ゆとり教育」の実施により生徒の進路がどのように変化したのか、日本経済に与えた影響などを現代社会に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。高校生のときに「ゆとり教育」という言葉が聞こえ始めてきた世代。学校では徐々にイベントに費やす時間が削減され始めていた。そんな「ゆとり教育」に関連する情報や議論の内容をまとめてみた。

「ゆとり教育」とは?

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ゆとり教育とは、小学校、中学校、高等学校にて授業時間を減らし、生きる力を育む工夫を取り入れた教育のこと。1980年代から始まった教育方針と言われています。

文部科学省の主導で行われた教育改革

ゆとり教育は、子供のゆとりがない生活を問題視した現場の声を受けて、文部科学省が中心となって進められました。いちばんの改革は学校における授業時間の削減です。

とくに膨大な量の知識を詰め込む教育を批判する声が改革を後押ししました。しかし、学力が低下することを危惧する声も根強く、議論が同時進行で行われます。

子供の社会問題や学力低下が背景

詰め込み教育が批判された理由のひとつが小学校からの落ちこぼれの出現です。落ちこぼれた子どもは、いじめにあう、不登校になる、不良になるなど、マイナスの影響がありました。

また、PISAと呼ばれる国際学力調査の結果、日本の学生の学力ランクが低下していることが発覚。それも詰め込み教育が原因であると考えられました。

PISAとは国際的な学習到達度調査のことで、OECD(経済協力開発機構)加盟国により実施されています。日本は2000年より参加。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3つの分野の習熟度を調査するのですが、思考力や応用力を図るために自由記述が多いという特徴があります。日本の子どもは、自由記述に慣れてしなかったこともあり、いい結果が出ませんでした。そこで、学習内容のあり方を大幅に見直すことになりました。

「ゆとり教育」による活動内容の変化

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授業時間が大幅に削減される代わりに、学校では新しいタイプの活動が取り入れられるようになります。教育活動の雰囲気は大きく変わりました。

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