国語言葉の意味

【慣用句】「鉄のカーテン」の意味や使い方は?例文や類語をWebライターが解説!

よお、ドラゴン桜の桜木建二だ。この記事では「鉄のカーテン」について解説する。

端的に言えば鉄のカーテンの意味は「第二次大戦後の東ヨーロッパ諸国の秘密主義や閉鎖的態度を風刺した」言葉だが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

語学好きで歴史好き、名古屋出身で5年間のライター経験を持つEastflowerを呼んだ。一緒に「鉄のカーテン」の意味や例文、類語などを見ていくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/eastflower

語学好きで英語、中国語が得意な5年目のライター。今回の「鉄のカーテン」は、第二次世界大戦中、首相として自国イギリスを守り抜いたウインストン・チャーチルの言葉です。どのような状況の中でこの言葉が発せられ、どんな場面で使われたのかを解説していきましょう。

「鉄のカーテン」の意味や語源・使い方まとめ

image by iStockphoto

それでは早速「鉄のカーテン」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「鉄のカーテン」の意味は?

鉄のカーテン」は、国語辞典によれば次のような意味があります。

第二次大戦後、東ヨーロッパの社会主義諸国が、資本主義諸国に対してとった秘密主義や閉鎖的態度などを障壁として風刺した語。1946年、英国のチャーチルが用いた。 

出典:デジタル大辞泉(小学館)「鉄のカーテン」

ウインストン・チャーチルと言えば、後に「偉大なイギリス人の一人」の対象として選ばれたイギリスの第二次世界大戦中の首相であり、多くのヨーロッパの主要都市がドイツの攻撃により陥落していく中、ロンドンが空爆されても耐え抜く方法を選択し、自国を守り抜き、国民を勇気づけ最後にはイギリスを勝利に導いた日本でも有名な政治家です。第二次世界大戦中のイギリスにとっての敵国はドイツでしたが、戦争も末期になるとアメリカ、イギリスを中心とした連合国の中でも、社会主義革命を起こしたソ連が台頭してきて、自由主義、資本主義を目指すアメリカやイギリスと共産主義、社会主義を目指すソ連との考え方の違いは次第に顕著になっていきました。そして戦後、直接的に戦闘行動を起こすことは多くはなかったものの資本主義諸国と社会主義諸国は次第に対立する姿勢を明らかにしていきました。

「鉄のカーテン」の語源は?

次に「鉄のカーテン」の語源を確認しておきましょう。

第二次世界大戦が終結するとウインストン・チャーチルは首相の座を退きますが、1946年アメリカ、ミズーリ州のウエストミンスター・カレッジで次のように演説します。

「バルト海のシュテッティンからアドリア海のトリエステにいたるまで、ヨーロッパ大陸には、鉄のカーテンが横切って降ろされている。中部ヨーロッパ及び東欧の歴史ある首都は、全てその向こうにある。」
(From Stettin in the Baltic to Trieste in the Adriatic, an iron curtain has descended across the Continent. Behind that line lie all the capitals of the ancient states of Central and Eastern Europe.)

つまり、中央ヨーロッパ、東欧諸国は地理的にソ連の勢力範囲内に位置し、実際に自由主義を掲げる西ヨーロッパ諸国やアメリカを退けてソ連は近隣の国を社会主義体制の国へ誘導し獲得しようとしている。とチャーチルは言いたかったのです。

「鉄のカーテン」とは、実際に金属製のカーテンがヨーロッパ大陸に敷かれたわけではなく、金属製のカーテンが敷かれているようにソ連を中心とした社会主義グループは執拗に自由主義国をシャットアウトして秘密主義をとっているということをチャーチルは比喩的に語ったのでした。

ウインストン・チャーチルが語ったように、世界の国々はその後もアメリカを中心とする自由主義陣営とソ連を中心とする社会主義陣営に分かれ反目しそれぞれの陣営は経済的、政治的、軍事的に結びついていき、東西で対抗しつづける冷戦の時代に突入していったのでした。

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