金本位制という言葉を聞いたことはあるか?以前は世界的に主流だった金融体制ですが、今では使われていないようです。どんな制度だったのでしょう?

世界史に詳しいライター万嶋せらと一緒に解説していきます。

ライター/万嶋せら

会社員を経て、イギリスに渡り大学院の修士号を取得したライター。歴史が好きで関連書籍をよく読み、中でも近代以降の歴史と古典文学系が得意。今回の記事では「金本位制」について解説する。

金本位制とは何か

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金本位制の仕組み

金本位制とは貨幣制度の一種で、金を価値の基準に置いているのが特徴です。どのような仕組みなのでしょうか。

多くの国で独自の通貨が流通していますが、その貨幣を実際に発行しているのは各国の中央銀行です。金本位制のもとでは、中央銀行は発行した貨幣と同等の金を保管しなければいけません。そして、要求に応じて自国の通貨と金を交換する決まりとなっています。裏を返せば、金本位制を採用する場合、各国が発行する貨幣の量はその国の保有する金の量に制約されるということです。

通貨が金と交換可能であれば、各国が異なる通貨を発行していても、それぞれの貨幣を信用することができます。このように金と交換できる貨幣のことを兌換紙幣と呼ぶので、覚えておくとよいでしょう。

金本位制のメリット

金は、世界的に「価値のあるもの」として認識されています。そのため、貨幣が決まった量の金と必ず交換できるのであれば、必然的に貨幣も「価値のあるもの」として認められるのです。金本位制のメリットは、さまざまな通貨の価値が対外的に認められやすくなるという点にあると言えるでしょう。

また、各国が金本位制を採用すると、金を基準としてそれぞれ国の通貨の価値が明確になります。為替レートが固定化される、と言うこともできますね。すると、モノを輸出入する際に為替の変動を考慮する必要がなくなるため、貿易がしやすくなります。為替リスクを取り払ってしまえるというのも、金本位制のメリットの1つです。

金本位制のデメリット

金本位制にはデメリットもあります。

たとえば、金本位制のもとでは、各国は貨幣と交換できるだけの金を常に保有しておかなければいけません。つまり、発行できる貨幣の量が、自国内に保有する金の量に限定されるということです。金は世界的に貴重な物質であり、だからこそ価値が認められているわけですが、産出量をコントロールすることは当然できません。そのため、金本位制を採用している場合、貨幣の発行量を簡単に増やすこともできないのです。

また、自国の輸入額が輸出額を超過すると、国内の金の保有量は減少してきます。貿易赤字となり、外国への支払いが増えるからです。そのため金本位制のもとでは、金の国外への流出を抑えるため、輸入超過にならないよう保護貿易的な政策を進める機運が高まります。為替リスクがないからといって必ずしも貿易が促進されるわけではない、という点に注意が必要です。

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金本位制の始まり

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金本位制はイギリスから世界に広がった

金本位制を初めて正式に導入したのはイギリスです。1816年、イギリスで「貨幣法」と呼ばれる法律が制定されました。この法律で、1ポンドの価値を持つ法定貨幣として「ソブリン金貨」が規定されたのです。ソブリン金貨は翌年に製造が開始され、1821年にはソブリン金貨との兌換が可能な紙幣が発行されました。

この貨幣法のもとで、19世紀の前半からイギリスで金本位制の仕組みがスタートしたのです。その後、イングランド銀行法のもとで紙幣とソブリン金貨との関係が明確に規定されました。1844年のことです。当時、金1オンスは3ポンド17シリング10ペンスでした。

世界に先駆けて産業革命が起きたイギリスは、豊かな経済力を背景として、他国に大きな影響力を持っていました。そのため、イギリスにならって、ドイツやフランス、アメリカなどでも金本位制が取り入れられるようになります。各国が金を根拠として自国の通貨の信用力を高めようとしたのです。

20世紀の初頭には主要国のほとんどが金本位制を導入し、金を基準とした国際金融システムが成立していました。

日本の金本位制導入の経緯

日本も西洋の主要国と足並みをそろえ、明治時代、1871年に金本位制へと移行します。しかし、大きな問題がありました。金の保有量が充分ではなかったのです。また、当時の日本は国内の経済や産業が盤石ではなく、他国のように金本位制を続けると金がどんどん国外へと流出してしまうことになります。

金本位制を維持する国力がなかった日本では、結果として、金と銀を共に利用した金銀複本位制を導入する流れとなりました。実質的には、貨幣を金ではなく銀と交換する「銀本位制」だったようです。

流れが変わったのは、1895年に日清戦争で勝利してからのことでした。下関条約により多額の賠償金を得たことで、大量に金を確保できたのです。その後、1897年に貨幣法が制定され、20円、10円、5円金貨がそれぞれ規定されました。日本で名実ともに金本位制が確立したのは、この頃と言えるでしょう。金本位制の確立により、日本は本格的な近代化の道を進み始めるのです。

金本位制の二度の危機

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第一次世界大戦で金本位制は中断された

世界の主要国で採用されるようになった金本位制ですが、1914年、第一次世界大戦が開戦された影響で一時的に停止されることとなりました。他国と戦争をするためには、準備金など莫大なお金がかかります。金の保有量に縛られていると、各国は戦争を続けるための資金が捻出できません。そのため、各国が金本位制から離脱したのです。

その後、戦争が終結し、1919年にはアメリカが他国に先駆けて金本位制へと復帰しました。戦場となったヨーロッパと比べてアメリカでは戦争の影響が少なく、国が疲弊していなかったため、早くに復帰できたのです。

戦場となったヨーロッパ諸国では、金の保有量回復や国債の処理といった事柄に手間取ってしまいました。そのため、各国が金本位制に復帰したのは1920年代に入ってからとなりました。

世界恐慌が金本位制を終わらせた

主要国は第一次世界大戦後に再び金本位制に復帰しましたが、その後、世界を大混乱に陥れた世界恐慌が発生しました。金融不安が広がって景気が後退する中、各国は再び金本位制からの離脱を決めます。他国に先駆けて金本位制を廃止したのは、金本位制の先陣を切ったイギリスでした。1931年、マクドナルド内閣の時代のことです。

その後、各国が続々とイギリスに続きました。そして、1937年にフランスが金本位制から離脱し、金に兌換できる通貨が国際社会から姿を消したのです。

第一次世界大戦の勃発による金本位制の停止は一時的なものでしたが、世界恐慌をきっかけとした金本位制からの離脱はそうではありませんでした。各国はこの後、金の保有量とは関係なく通貨を発行する管理通貨制度へと移行していくのです。

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日本の金本位制もうまくはいかなかった

再び日本に焦点を当ててみましょう。

第一次世界大戦を受けて各国が金本位制を停止する中、日本も1917年に金輸出を禁止します。実質的な金本位制の停止です。その後、第一次大戦が終結して主要国が続々と金本位制に復帰する中、日本ではそうはいきませんでした。国内産業の国際競争力が低く、輸入超過が続いていたからです。慢性的な不況の影響もあり、金本位制に復帰するタイミングがつかめませんでした。

ようやく金輸出を解禁したのは、1930年の浜口雄幸内閣のこと。「外国為替相場を安定させて輸出を増加させる」という大義のもと、金本位制に復帰しようとしたのです。けれど、その頃すでに世界恐慌が生じていました。結果として、最悪のタイミングで金輸出を解禁したことになります。日本列島が混乱におちいり、昭和恐慌と呼ばれる不況が引き起こされてしまいました。

主要国が次々に金本位制の廃止を進める中、日本の金本位制への復帰も当然、短命に終わります。1931年の犬養毅内閣において、再び金輸出が禁止されたのです。

戦後の国際金融体制

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ブレトンウッズ体制の成立

第二次世界大戦のあと、国際金融体制がどうなったのかを見てみましょう。第二次世界大戦の戦局が見え始めた頃から、連合国は戦後の国際金融体制を模索し始めていました。そのような状況の中で開かれたのがブレトンウッズ会議です。

1944年、アメリカのニューハンプシャー州ブレトンウッズに連合国44か国が集結し、戦後の国際金融システムが議論されました。その結果、国際通貨基金(IMF)と世界復興開発銀行(IBRD、世界銀行)の設立が合意されます。同時に、「アメリカドルを基軸とした固定為替相場制」の導入も進められました。こうして、ドルを中心とした戦後の国際金融体制が出来上がっていくのです。

ドルは、金1オンスにつき35ドルの比率で兌換されることになりました。一方、その他の国の通貨は金との交換義務は負いませんでした。その代わりに、ドルとの固定相場が維持されることになったのです。各国の通貨をドルの価値に固定してドルを金と交換可能な通貨に定めたこの体制を、「金ドル本位制」と言います。ちなみに、この体制のもとで日本円は1ドル360円でした。

当時のアメリカは圧倒的な経済力を擁していました。そのうえで金が担保となり、アメリカドルは世界の基軸通貨として各国から普遍の価値を認められたのです。アメリカを中心とした戦後の金ドル本位制は、ブレトンウッズ体制とも呼ばれます。

アメリカの方針転換によるブレトンウッズ体制の崩壊

ブレトンウッズ体制は、あまり長くは続きませんでした。戦後の世界の経済規模がどんどん膨らんでいく中で、アメリカがこの体制を支えきれなくなっていったからです。

1970年代前後のアメリカでは、戦後復興を遂げたヨーロッパ諸国や日本からの輸入が増加していました。また、ベトナム戦争の泥沼化によって、財政支出もかさんでいたのです。アメリカドルは国外への流出が続き、アメリカの金保有量は減少していきました。他国からの兌換の要望に応じることが、徐々に難しくなっていったようです。

そして1971年8月15日、世界に衝撃が走ります。ニクソン大統領が、ドルと金との交換停止を発表したのです。これは、ブレトンウッズ体制を根幹から揺るがす事件でした。この出来事は「ドル・ショック」「ニクソン・ショック」などと呼ばれています。ドルと金との交換停止がきっかけとなり、世界は変動相場制へとかじを切っていきました。

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国際金融体制の変遷をおさらいしよう

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金本位制が導入されて以降、国際金融体制はどのように変遷してきたのでしょうか。簡単に振り返ってみましょう。

金本位制が初めて正式に導入されたのは、19世紀のイギリスでした。その後、主要国が続々と金を基軸にした金融体制を確立していきます。当時、貿易において中心となっていた通貨はポンドでした。イギリスの経済力や広大な植民地に支えられ、ポンドは世界の基軸通貨として認められていたのです。

その後、世界大戦や世界恐慌の影響で、金を中心とした国際金融体制は何度か試練を迎えます。第一次世界大戦時には、一度は金本位制が停止されました。そして、各国が自国通貨の金との兌換を復活させて間もなく、世界恐慌がきっかけで金本位制は再び岐路を迎えたのです。

しかし、第二次世界大戦後に成立したブレトンウッズ体制では、アメリカドルを中心としながらも、依然として金が貨幣価値の担保となっていました。戦後の新しい仕組みも、実は金本位制とそれほどかけ離れたものではなかったと言えるかもしれません。ただし、世界の中心はこの頃にはイギリスからアメリカへと変わっていました。そのため、ポンドではなくドルが世界の基軸通貨としての地位を得たのです。

そして、1971年のニクソンショックが引き金となり、金を基軸に置いた金融体制は完全に終わりを迎えました。現在のような変動相場制が用いられるようになり、国際金融体制は大きく変わったと言えるでしょう。その中でドルが中心的な位置を占めているのは、今でも変わっていません。

今でも変化を続けている国際金融体制

「金」は、誰にとっても価値のあるものです。一方で、「貨幣」はそれ自体に価値があるわけではありません。イギリスから始まった金本位制は、各国の異なる通貨に正統性を与えるための手段だったと言えるでしょう。

一時は世界のスタンダードとなった金本位制ですが、戦争や不況を乗り越えて現在まで続く仕組みとはなりませんでした。輸入の多い国からはどんどん金が流出してしまうことや、金の産出量には限りがあることなど、様々な問題があったのです。その後、ブレトンウッズ体制を経て、現在では変動相場制が主流となっています。

しかし、金を基軸とした金融体制では為替が固定され、貿易における為替リスクがなくなるというメリットもありました。現在EU圏で導入されている共通通貨「ユーロ」は、このメリットを踏襲したものとも言えるでしょう。実はアジア圏でも、実現はしていませんが、共通通貨を導入する話がこれまで何度も議題に上ってきています。金本位制の仕組みは、完全に消え去ったわけではないのです。

もちろん、ユーロのような地域共通通貨には、金本位制に見られたようなデメリットもあります。共通通貨が金本位制の弱点を引き継いでいるだけなのか、あるいは新たな国際金融体制のベースとなり得るのかは、これから形作られていく歴史が証明することになるでしょう。

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3分で簡単「金本位制」ー世界の金融体制の変遷を世界史通がわかりやすく解説

金本位制という言葉を聞いたことはあるか?以前は世界的に主流だった金融体制ですが、今では使われていないようです。どんな制度だったのでしょう?

世界史に詳しいライター万嶋せらと一緒に解説していきます。

ライター/万嶋せら

会社員を経て、イギリスに渡り大学院の修士号を取得したライター。歴史が好きで関連書籍をよく読み、中でも近代以降の歴史と古典文学系が得意。今回の記事では「金本位制」について解説する。

金本位制とは何か

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金本位制の仕組み

金本位制とは貨幣制度の一種で、金を価値の基準に置いているのが特徴です。どのような仕組みなのでしょうか。

多くの国で独自の通貨が流通していますが、その貨幣を実際に発行しているのは各国の中央銀行です。金本位制のもとでは、中央銀行は発行した貨幣と同等の金を保管しなければいけません。そして、要求に応じて自国の通貨と金を交換する決まりとなっています。裏を返せば、金本位制を採用する場合、各国が発行する貨幣の量はその国の保有する金の量に制約されるということです。

通貨が金と交換可能であれば、各国が異なる通貨を発行していても、それぞれの貨幣を信用することができます。このように金と交換できる貨幣のことを兌換紙幣と呼ぶので、覚えておくとよいでしょう。

金本位制のメリット

金は、世界的に「価値のあるもの」として認識されています。そのため、貨幣が決まった量の金と必ず交換できるのであれば、必然的に貨幣も「価値のあるもの」として認められるのです。金本位制のメリットは、さまざまな通貨の価値が対外的に認められやすくなるという点にあると言えるでしょう。

また、各国が金本位制を採用すると、金を基準としてそれぞれ国の通貨の価値が明確になります。為替レートが固定化される、と言うこともできますね。すると、モノを輸出入する際に為替の変動を考慮する必要がなくなるため、貿易がしやすくなります。為替リスクを取り払ってしまえるというのも、金本位制のメリットの1つです。

金本位制のデメリット

金本位制にはデメリットもあります。

たとえば、金本位制のもとでは、各国は貨幣と交換できるだけの金を常に保有しておかなければいけません。つまり、発行できる貨幣の量が、自国内に保有する金の量に限定されるということです。金は世界的に貴重な物質であり、だからこそ価値が認められているわけですが、産出量をコントロールすることは当然できません。そのため、金本位制を採用している場合、貨幣の発行量を簡単に増やすこともできないのです。

また、自国の輸入額が輸出額を超過すると、国内の金の保有量は減少してきます。貿易赤字となり、外国への支払いが増えるからです。そのため金本位制のもとでは、金の国外への流出を抑えるため、輸入超過にならないよう保護貿易的な政策を進める機運が高まります。為替リスクがないからといって必ずしも貿易が促進されるわけではない、という点に注意が必要です。

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