日本史

5分でわかる「足利義視」の生涯ー応仁の乱の火種になった人物を歴史オタクがわかりやすく解説

足利義政の息子誕生

足利義視を後継者として無事に立てることができた室町幕府。これで跡継ぎ問題も解決して安泰だ、と思ったところで、1465年、兄「足利義政」に息子「足利義尚(よしひさ)」が生まれてしまったために一大事が起こります。

足利義政の正室(正妻)の日野富子(ひのとみこ)は、もちろん次の将軍は我が子に継いでもらいたいと思いますよね。しかも、彼女は夫の妾や側室4人を追い出したりとけっこう苛烈な性格の女性です。かわいい息子を将軍にするため、足利義視を次期将軍の座から追い落とすべく日野富子は足利義視の後見人・細川勝元と並び立つ「山名宗全(やまなそうぜん)」を息子の後見人にし、足利義視と対立するようになりました。

次の将軍は誰? 現役将軍の意見は

足利義視としては、わざわざ還俗させてまで引っ張り出されたのに、やっぱりなかったことにしてくれ、とあとから言われるのも釈然としませんよね。はい、そうですか、と引くわけがありません。

いったいどちらが次の将軍になるのか、一刻も早くハッキリさせたいところです。ところが、そこをハッキリさせられる現役将軍の足利義政はどちらを将軍にするとは言いませんでした。前章で解説した通り、足利義政は政治にはそっぽを向いていて、どうせ自分の命令なんて誰も聞きやしない、とばかりに趣味に没頭し続けたのです。

応仁の乱がはじまった場所

image by PIXTA / 47027927

将軍の後継者問題と、それに絡んだ有力守護大名同士の対立が起こります。当然ながら、話し合いは平行線で、平和的に解決できるものではありませんね。そして、足利義政はその争いを止められません。趣味の世界から帰ってきませんから。

かくして、1467年「応仁の乱」が起こりました。

語呂合わせは「1(ひと)4(のよ)6(む)7(な)しい 応仁の乱」。「人の世 むなしい 応仁の乱」です。

ところで、みなさんは室町幕府がどこにあったのかご存知でしょうか?一応、おさらいしておくと、室町幕府があったのは京都。鎌倉や江戸幕府と違って、室町幕府の将軍と天皇は物理的に近い土地にいたんですね。

それでは、室町幕府の将軍家を中心にして争いが起こると戦場はどこになるでしょうか?――はい、京都ですね。

ご存知の通り、鎌倉幕府が立つ以前、京都は平安時代の日本の首都「平安京」でした。その歴史のなかで数々の重要文化財や貴重な建物がつくられ、全国、あるいは海の向こうの大陸からたくさんの貴重な品々が集まった大都市です。

しかし、ひとたび戦いがはじまってしまえば、そういうことにもかまえなくなります。そのため、「応仁の乱」によって京都にあった貴重な文化財や仏像、書物が破壊され、灰になってしまったのです。

東軍の細川勝元、西軍の山名宗全

さて、対立した両陣営は、足利義視と細川勝元を中心とする東軍足利義尚と日野富子、山名宗全を中心とする西軍に分かれて戦うことになります。

ところが、ここも一筋縄ではいかないのが「応仁の乱」。途中で足利義視、足利義尚と日野富子が入れ替わったり、主力守護大名の寝返りが起こったりと敵味方が入れ代わり立ち代わりするなんとも忙しい展開になりました。

そんな状況だからか、なかなか決着がつかずに争いは全国に波及。なんと「応仁の乱」は約11年にわたって続いたのです。

「応仁の乱」の結末

日本全国を巻き込んで11年も争い続けたんですから、戦いの結末は白黒ハッキリついたんでしょうね、と問い詰めたくなりますよね。しかし、「応仁の乱」はこれまたなんともスッキリしない結末を迎えます。

戦い続けた東軍と西軍でしたが、1473年、4月に山名宗全、5月に細川勝元が相次いで亡くなるという事態が起こりました。そんな最中、足利義政が息子・足利義尚に将軍の座を譲ったのです。

そして、徐々に幕府の幕府の機能を回復させていくと同時に、山名宗全の後継者で孫の山名政豊、細川勝元の後継者で息子の細川政元が和解。これに続いて全国で対立していた守護大名たちも和睦していきました。

このように、「応仁の乱」は絶対的な戦いの勝者はなく、和睦、和解の道を選んで終息することとなったのです。

そうして、1477年に西軍は解体。足利義視は息子・足利義稙(よしたね)を連れて美濃国(現在の岐阜県)へと去ることになりました。

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東軍と西軍に別れ、さらに全国へと波及した「応仁の乱」。11年もの長い間争っていたわけだが、両陣営の大将が相次いで亡くなったあとは、徐々に仲直りして終わらせていったわけだな。もし、どちらかが戦いで負ければ、足利義視か足利義尚は殺されていただろうが、和解したために将軍になれなかった足利義視も生きて美濃へ退いたんだ。

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