国語言葉の意味

【慣用句】「生き馬の目を抜く」の意味や使い方は?例文や類語を元予備校講師が解説!

よお、ドラゴン桜の桜木建二だ。この記事では「生き馬の目を抜く」について解説する。

端的に言えば「生き馬の目を抜く」の意味は「素早く物事を行うこと」だが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

教師や講師としても教えることに関わってきた「やぎしち」を呼んだ。一緒に「生き馬の目を抜く」の意味や例文、類語などを見ていくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/やぎしち

雑学からビジネス文章まで手掛ける現役ライター。
国語の中学・高校教諭の資格も持ち、予備校講師の経験も。言葉を大切にした文章を心掛けている。

「生き馬の目を抜く」の意味や語源・使い方まとめ

image by iStockphoto

それでは早速「生き馬(いきうま)の目を抜く」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「生き馬の目を抜く」の意味は?

「生き馬の目を抜く」には、次のような意味があります。

生きている馬の目を抜き取るほど、すばやく物事をする。油断のならないさま。生き馬の目を抉(くじ)る。生き牛の目を抉る。「―・くせちがらい世の中」

出典:デジタル大辞泉(小学館)「生き馬の目を抜く」

この言葉は「物事を行って利益を得る為に、素早く・抜け目なく行動する様子」を意味する慣用句です。特に意味のニュアンスが「抜け目ない、油断ならない」ほうに置かれていることをおさえましょう。

素早い行動をする目的は「誰かを出し抜い」たり「それくらい気を付けないといけないから」ということ。ちょっと世知辛さも感じさせる表現とも言えるでしょうか。

引用にあるように、同じ意味で「生き牛の目を抉る(くじる)」という言葉もあります。どちらが先にできたのかははっきりしませんが、牛よりは馬の目を抜くほうが大変な感じはありそうです。言葉が使われるに伴って、牛から馬へと変化したのかもしれません。

馬に関連した慣用句は他にもたくさんあり、「馬子にも衣裳」「馬の耳に念仏」という言葉はきっと聞いたことがあるでしょう。馬は人々の生活に密接に結びついていたことから、言葉は作られてきたのだと推測が出来ますね。

「生き馬の目を抜く」の語源は?

次に「生き馬の目を抜く」の語源を確認しておきましょう。これは特定の由来があったというよりも、言葉の意味を表す比喩から作られたと考えられているようです。

生きている馬を捉えるのは難しいため、その目を抜くのには「素早く抜け目なく」行動することが必要なはず。ビジュアル的にはあまり想像したくはありませんが、言葉のイメージがつかめるでしょう。

「馬の目を抜くほど素早い」ということなら、本来は「出し抜く」や「抜け目ない」といった感じはなさそうなもの。なぜ現在のような使われ方をするようになったのかは明らかではありませんが、「目を抜く」という痛いイメージから、何かネガティブなニュアンスが連想されたのでしょうか。

「生き馬の目を抜く」ような行動しなければならないとしたらどんなものか、みなさんも想像してみてください。

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