今回はダニエル・ベルヌーイについて解説していきます。

ベルヌーイ家は天才一家として有名な一家です。その中でも最も評価の高いダニエル・ベルヌーイについて学んでみよう。

今回は物理学科出身のライター・トオルさんと解説していきます。

ライター/トオル

今回は物理学科出身のライター・トオルさんと解説していくぞ。

ダニエル・ベルヌーイについて

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一般的に天才は遺伝しないといいますが、その珍しい例外がベルヌーイ家です。三世代でなんと八人もの傑出した数学者・科学者を輩出した珍しい一族になります。天才ベルヌーイ家の中でも、特に有名なのがこの記事で紹介するダニエル・ベルヌーイです。ダニエル・ベルヌーイは天才に相応しく多くの業績を残していますが、今回はベルヌーイの定理と名前がついている、流体力学の定理について紹介しています。

ダニエル・ベルヌーイの生涯

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Unbekannt - This image is from the collection of the ETH-Bibliothek and has been published on Wikimedia Commons as part of a cooperation with Wikimedia CH. Corrections and additional information are welcome., パブリック・ドメイン, リンクによる

天才一家の中の天才の中に生まれたダニエル・ベルヌーイなので、さぞ思い通りの人生を生きれただとろうと思われがちですが、実のところなかなか思い通りにはいかない人生でした。世の中、そうはうまくいかないものです。

その1.生まれ

ダニエル・ベルヌーイは1700年、父であるヨーハン・ベルヌーイがオランダ・フローニンゲン在任中に同地で生まれました。3人の兄弟の2番目で、兄ニコラウス2世弟ヨーハン2世も後に数学者・物理学者となります。ダニエルが5歳の時バーゼル大学にいた叔父ヤコブ・ベルヌーイが死去し、父ヨーハンが後任となり、家族でヨーハンの出身地であるスイスのバーゼルに戻ってきました。

その2.青年期

ダニエルは才能豊かなベルヌーイ家にあって最も才能があり有望でありましたが、父との間に確執があったようです。ヨハンはダニエルを実業家にしようとしていたようですが、ダニエルは数学と物理学につよい興味を持ち、13歳でバーゼル大学に入学すると15歳で学士、16歳で修士を取得します。しかし、父ヨーハンの反対で数学者になれず医学を勉強しました。

その3.壮年期

<strongバ>ーゼル大学ではポストが得られず、医学の研究のためヴェネチアに移ります。そこで幾つかの業績をあげロシア・サンクトペテルブルグの科学アカデミーに数学のポストを得、1725年からそこに移りました。1727年には父ヨーハンの手配で、ヨーハンの弟子でもありダニエルの友達でもあったレオンハルト・オイラーが同科学アカデミーに移り、共に精力的に研究に励んだようです。

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その4.晩年

1734年植物学のポストを得てバーゼル大学に帰ります。しかし、同年フランスのパリ・アカデミー大賞を父と同時受賞し、これに父ヨーハンが激怒、ベルヌーイ家への出入りを禁止されてしまいました。その後もダニエルは父に最後まで憎まれ続けます。ダニエルは1750年に念願の物理学教授のポストを得て、1766年までその職に留まりました。パリ・アカデミー大賞をなんと10回も受賞し、1782年に死去します。

ダニエル・ベルヌーイが発見したベルヌーイの定理について

次はベルヌーイ定理について紹介しましょう。この定理はもちろんダニエル・ベルヌーイが発見したものです。ベルヌーイの定理は流体力学に関する基本的な定理になります。流体力学は何かが流れている場合、それはどのような運動するか考える学問のことです。

ベルヌーイの定理.その1

ベルヌーイの定理.その1

image by Study-Z編集部

まず何かが流れている速度場vがあるとします。この速度場はもちろんベクトル場です。そして、それは完全流体であるとしましょう。完全流体とは粘性がゼロの流体、完全にさらさらな理想の物質のことです。その流れの中の空間に固定されたある領域Vに注目し、その流体の密度をρとすると、領域V内の流体の全運動エネルギーは上記の1式になります。

ここで流体力学において最も基礎的な連続の式と呼ばれる2式と、ダニエルの友人であるオイラーが発見した、オイラーの式3を代入しましょう。連続の式は流体力学での質量保存の法則であり、質量は消えたりしないということを表しています。オイラーの式は流体の応力が圧力のみの場合の、ニュートンの運動方程式です。この二つの式を代入し、数学の公式を使うと出てくるのが4式になります。

ベルヌーイの定理.その2

ベルヌーイの定理.その2

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4式は領域V内の単位時間当たりの増加率が、領域の表面Sを横切って単位時間に流入するエネルギーである第一項と、領域内で圧力と外力とがなす仕事である第二項の和で表せるということを示しているのです。特に外力Fが保存力である場合、ポテンシャルをφとして5式で表せます。さらに、流体の密度が圧力のみの関数である場合、その関数をPとすると6式のように表すことができるはずです。ここで流れが定常、つまり常に流れが同じであると仮定すると、時間変化はありません、すなわち時間微分はゼロになりますので7式の関係が導けます

ベルヌーイの定理.その3

ベルヌーイの定理.その3

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次に、上記の図のように領域Vとして、流線に沿う極めて細い管を選びます。流線とはある瞬間の速度場のベクトルをずーっと繋いだもののことです。流線に沿った領域では側面でvdS=0であるので、側面での積分からの寄与はありません。管の二つの断面aとbにおける密度、流速、圧力関数、力のポテンシャル、管の断面積をそれぞれρa、ua、Pa、φa、Sa、およびρb、ub、Pb、φb、Sbとすると先ほどの7式は8式となります。

ところで、連続の式である2式を固定領域Vの中で体積積分すると、質量保存の法則の積分表現である9式がでてくるのです。ここで、積分領域として上記の管をとり、流れが定常であるとすると10式の関係が導かれ、管の両断面での質量の流速が等しいことがわかります。この関係式を考慮すると、8式のカッコ内の値が管の両断面で等しい事、したがって管に沿って一定であることがわかり、11式が結論できるでしょう。

\次のページで「ベルヌーイの定理.その4」を解説!/

ベルヌーイの定理.その4

ベルヌーイの定理.その4

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これは単位質量あたりの流体の運動エネルギーである第一項と、単位質量あたりに働く圧力とポテンシャルエネルギーである第二項第三項の三つの和が流線に沿って一定であることを述べています。ただし、この一定値は流線ごとに異なることに注意しましょう。

一方、流体の密度が圧力のみの関数である完全流体の定常流の運動方程式は12式です。ここでωは渦度と言われ回転を表しています。12式の右辺は流速と渦度の外積ですから、両方のベクトルと直交しているので、左辺カッコの中の勾配は流線に沿っても渦線に沿ってもゼロです。よって13式の関係がでてきます。

この式の意味は、流れの中に流線を一本任意に選び、この流線を通るすべての渦線で作られる面を考えると、右辺の値がこの面の上で一定の値を取るという意味です。この曲面をベルヌーイ面、12式と13式の関係をベルヌーイの定理といいます。

ベルヌーイの定理の応用

ベルヌーイの定理の応用

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では、最後にベルヌーイの定理の簡単な応用を見ておきましょう。上記のように大きな容器の中に満たされた非圧縮流体が、容器の底に開けられた小さな穴から流出する速さvを求めてみます。穴は非常に小さく、また容器は十分に大きいとして、流れはほぼ定常、しかも水面での流速はほぼゼロであるとしましょう。

大気と接している水面と穴付近の圧力はどちらも大気圧p0に等しいとします。流体の密度をρ、圧力をp、重力加速度をgとすると、圧力関数はp/ρ、力のポテンシャルはgzになるはずです。穴から水面までの高さをhとすれば、ベルヌーイの定理は14式となります。よって、穴付近での流体の速さは15式です。

これをトリチェリの定理と言います。興味深いことに、静止水面から深さhにある穴から流出する流体の速さが、物体を高さhのとこから自由落下させたときの速さとまったく同じになるのです。

天才でも人生とは大変ものだ

ダニエル・ベルヌーイは天才一家の中の天才に生まれるという、他人からみると羨ましがられる境遇に生まれましたが、生来父親から憎まれ、自分のなりたいポストにつけたのが晩年になってからと、多くの苦労を背負っていました。とはいえ、そんな中でも多くの業績を残し名声を得たのですから、さすがは天才と言えるでしょう。多くの自然科学の分野に業績を残したダニエル・ベルヌーイですが、珍しいところでは確率を応用した経済学の業績まであるそうです。

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流体力学物理理科

3分で簡単「ダニエル・ベルヌーイ」何した人?天才一族の中の天才を理系ライターがわかりやすく解説

今回はダニエル・ベルヌーイについて解説していきます。

ベルヌーイ家は天才一家として有名な一家です。その中でも最も評価の高いダニエル・ベルヌーイについて学んでみよう。

今回は物理学科出身のライター・トオルさんと解説していきます。

ライター/トオル

今回は物理学科出身のライター・トオルさんと解説していくぞ。

ダニエル・ベルヌーイについて

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一般的に天才は遺伝しないといいますが、その珍しい例外がベルヌーイ家です。三世代でなんと八人もの傑出した数学者・科学者を輩出した珍しい一族になります。天才ベルヌーイ家の中でも、特に有名なのがこの記事で紹介するダニエル・ベルヌーイです。ダニエル・ベルヌーイは天才に相応しく多くの業績を残していますが、今回はベルヌーイの定理と名前がついている、流体力学の定理について紹介しています。

ダニエル・ベルヌーイの生涯

ETH-BIB-Bernoulli, Daniel (1700-1782)-Portrait-Portr 10971.tif (cropped).jpg
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天才一家の中の天才の中に生まれたダニエル・ベルヌーイなので、さぞ思い通りの人生を生きれただとろうと思われがちですが、実のところなかなか思い通りにはいかない人生でした。世の中、そうはうまくいかないものです。

その1.生まれ

ダニエル・ベルヌーイは1700年、父であるヨーハン・ベルヌーイがオランダ・フローニンゲン在任中に同地で生まれました。3人の兄弟の2番目で、兄ニコラウス2世弟ヨーハン2世も後に数学者・物理学者となります。ダニエルが5歳の時バーゼル大学にいた叔父ヤコブ・ベルヌーイが死去し、父ヨーハンが後任となり、家族でヨーハンの出身地であるスイスのバーゼルに戻ってきました。

その2.青年期

ダニエルは才能豊かなベルヌーイ家にあって最も才能があり有望でありましたが、父との間に確執があったようです。ヨハンはダニエルを実業家にしようとしていたようですが、ダニエルは数学と物理学につよい興味を持ち、13歳でバーゼル大学に入学すると15歳で学士、16歳で修士を取得します。しかし、父ヨーハンの反対で数学者になれず医学を勉強しました。

その3.壮年期

<strongバ>ーゼル大学ではポストが得られず、医学の研究のためヴェネチアに移ります。そこで幾つかの業績をあげロシア・サンクトペテルブルグの科学アカデミーに数学のポストを得、1725年からそこに移りました。1727年には父ヨーハンの手配で、ヨーハンの弟子でもありダニエルの友達でもあったレオンハルト・オイラーが同科学アカデミーに移り、共に精力的に研究に励んだようです。

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