物理理科電磁気学・光学・天文学

5分でわかる「シャルル・ド・クーロン」何した人?技術者でもあった彼を理系ライターがわかりやすく解説

よぉ、桜木建二だ。今回はシャルル・ド・クーロンについて解説していくぞ。

シャルル・ド・クーロンとともに、その名もクーロンの法則についても紹介する。電磁気学を学ぶのに大抵はクーロンの法則から学ぶように、近代電磁気学もクーロンによるクーロンの法則から始まったのだ。

今回は物理学科出身のライター・トオルさんと解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

tohru123

ライター/トオル

今回は物理学科出身のライター・トオルさんと解説していくぞ。

シャルル・ド・クーロンについて

image by iStockphoto

シャルル・ド・クーロンは電荷の単位にその名を残し、電磁気の基本法則であるクーロンの法則を発見したことで知られています。しかし、彼は人生の大半を科学者というより技術者、特に土木技術者として過ごしたようです。現代は情報化社会と言われますが、情報テクノロジーを根幹で支えているので電磁気学に他なりません。そして、近代電磁気学がはじまったのは、クーロンによるクーロンの法則の発見の時からと言えます。

この記事ではクーロンの生涯とともにクーロンの法則について学んでみましょう。ちなみに、現在では電気や磁力はコインの裏表のような関係であることが判明していますが、当時はわかっておらずもちろん電磁気学という言葉も存在していません。

クーロンの生涯

Charles de Coulomb.png
Louis Hierle – 不明, パブリック・ドメイン, リンクによる

シャルル・ド・クーロンはわりと幸福な人生を送った著名な科学者だと思います。科学者兼技術者である彼の人生を見ていましょう。

その1.生まれ

シャルル・ド・クーロンは1736年フランス・アングレームの裕福な家庭に生まれました。父はモンペリエの役人であり、母は羊毛貿易で財をなした名家の出身だったそうです。少年時代、一家はパリに移住しクーロンも名門校で勉強していましたが、そこでルモニエの数学の授業に感銘を受け、数学の道に進むことを決意しました。

その2.青年期

1759年メジエールの陸軍士官学校に入学、1761年に卒業しイギリス沿岸の地図作成の仕事に関わります。1764年からは8年間マルティーニ島のブルボン城塞建設の監督に従事しました。この仕事の間に石造建築の耐久性や支持構造物のふるまいに関する実験を行ったそうです。しかし、マルティーニ島の風土病により体を壊し帰国を余儀なくされます。

その3.壮年期

その後、大尉として各地を赴任している間に電荷の間に働く力は距離の二乗に反比例しているという、有名なクーロンの法則を発見しました。また1773年には土圧理論を提唱しています。1774年には科学アカデミーの通信会員となり、1777年、磁気コンパスの研究により科学アカデミーの懸賞第一、1781年にも摩擦の研究により再び懸賞第一を獲得し、同年科学アカデミーの会員に選ばれました。

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