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【四字熟語】「茫然自失」の意味や使い方は?例文や類語をWebライターが解説!

よお、ドラゴン桜の桜木建二だ。この記事では「呆然自失」について解説する。

端的に言えば茫然自失の意味は「呆気にとられて我を失うこと」だが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

元塾講師で、解説のわかりやすさに定評のあるgekcoを呼んだ。一緒に「呆然自失」の意味や例文、類語などを見ていくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/gekco

本業では出版物の校正も手がけ、一般教養に強い。豊富な知識と分かりやすい解説で好評を博している。

「呆然自失」の意味や語源・使い方まとめ

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茫然自失は「ぼうぜんじしつ」と読みます。それでは、さっそく「茫然自失」の意味や由来、使い方についてみていきましょう。

「呆然自失」の意味は?

茫然自失には、次のような意味があります。

呆気にとられたりあきれはてたりして我を忘れてしまうこと。

出典:大辞林 第三版(三省堂)「茫然自失」

茫然」は「呆気にとられる」「ぼんやりと気抜けする」という意味で、「自失」は「自分を失う」、つまり「我を忘れてしまう(ぼんやりする)」という意味になります。人の感情や状態を表すのに使われる言葉です。「言葉を失った」などと表現されることもあります。あまりの衝撃に何も考えられなくなってしまった状態です。

「茫然自失」の由来は?

茫然自失の由来は、中国の書物にあるとされています。最初に登場したのは、孔子とその教えについてまとめられた「列子」という古代中国の書物に書かれた逸話です。

列子に「子貢(しこう)」という人物が登場します。子貢は孔子の弟子の一人でしたが、ある日の孔子の教えが理解できず、まじめさゆえに苦しみます。同じ教えを受けて修行していた「顔淵(がんえん)」が理解できたことがきっかけで、子貢の苦悩は限界に達し、自宅に引きこもってしまいました。師匠である孔子の教えが理解できない自分に落ち込み、実に7日間にわたって食事も睡眠もとれなくなってしまったのです。この状態を、列子では「茫然自失」と表現していて、これが現在使われている茫然自失の語源となっています。その後、死の危険が迫る子貢の元を顔淵が訪れ、励ましたことで、子貢は再び立ち上がり、孔子の元で教えを受けたのです。

このときの子貢が経験した「茫然自失」は、今の日本語で表現される「茫然自失」に比べると、ずっと長期的で深刻だったことがわかりますね。現在でいう茫然自失は、このときのものに比べると時間としてはもっと短期的なニュアンスを含んだ表現になっています。現代人には、一週間も茫然自失としている余裕はないのかもしれません。

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