見た目はただの金属の塊だけれど、人命を奪ってしまうほど危険なものがある。核分裂反応を起こす物質で通称「デーモンコア(悪魔の核)」と呼ばれるプルトニウムの塊です。核分裂ではとてつもないエネルギーが発生し、燃料などに利用されることもある。ただ、取り扱いを間違うと大変危険です。

なぜこれほどまでに恐ろしいのか理系ライターのR175と解説していく。

ライター/R175

関西のとある国立大の理系出身。学生時代は物理が得意で理科の高校理科の教員免許も持っている。エンジニアの経験があり、教科書の内容に終わらず実際の現象と関連付けて説明するのが得意。

1.大事故の原因となった金属塊

image by iStockphoto

核分裂の実験に使われていた重さ6.2kgのプルトニウムの塊(通称、デーモン・コア)が作業者を死亡させる事故が2回発生しました。作業者が行ったことは「金属と金属を接触させた」だけなのですが、それにより核分裂反応が起きて作業者が大量被曝し死亡してしまいました。まずは、これら事故の概要を見ていきましょう。

1回目~ブロックを積み上げ臨界状態を作ろうとしたら事故発生~

1回目~ブロックを積み上げ臨界状態を作ろうとしたら事故発生~

image by Study-Z編集部

1945年、物理学者のハリー・ダリアン氏はプルトニウムの塊の周囲に炭化タングステンのブロックを徐々に積み重ねていき、どこで臨界状態に達するかを調査する実験をしていました。

プルトニウムは中性子という微粒子を放射しています。炭化タングステンはプルトニウムから出てくる中性子を反射し再びプルトニウムにぶつけることが出来る物質。そのため炭化タングステンを多く積み上げれば積み上げるほどとプルトニウムに跳ね返っていく中性子が増加。すると、プルトニウムは核分裂(後述)という反応が継続的に起きる「臨界状態」に達します。

どのくらい炭化タングステンを積み上げると臨界状態に達するか調べるために少しずつ積み上げていたところ、誤って炭化タングステンをプルトニウムにぶつけてしまい一気に核分裂反応が発生し大量の放射線が発生。ハリー・ダリアン氏は大量に被曝し、急性放射線障害のため事故の25日後に亡くなりました。

2回目~半球の隙間を調整していた時に事故発生~

2回目~半球の隙間を調整していた時に事故発生~

image by Study-Z編集部

1回目の事故から9か月後の1946年、物理学者ルイス・スローティンと同僚らは中性子反射体であるベリリウムとプルトニウムの塊を接近させて核分裂反応が発生する距離を調べる実験をしていました。方法は、半球状に加工したベリリウムの中心にプルトニウムの塊を組み込み、上半分と下半分の距離をマイナスドライバーで調整しながら、検出器にて放射線の量を測るというもの。

しかし、彼は誤ってマイナスドライバーを外してしまい、上下半球が接触し核分裂反応が発生。大量の放射線を浴び、その障害により9日後に死亡しました。

2.核分裂とは

プルトニウムなど構造が不安定な原子が軽い安定した原子2つに分してしまう現象が核分裂です。

\次のページで「原子の構造おさらい」を解説!/

原子の構造おさらい

プルトニウムであれ鉄であれ全ての物質は原子からなります原子はプラスの電荷を持つ原子核の周りに-電荷を持つ電子が存在電子の数が1つや2つ変わるのはよくあること。例えば、鉄が錆びる時、一番外側の軌道(最外殻)の電子を放出して鉄イオンになります。ところが真ん中にある原子核、こちらが崩れるのは特殊なケース

原子核の構造

原子核の構造

image by Study-Z編集部

原子の一部である原子核は全体として+の電荷を持つもの。+の電荷なる陽子電荷を持たない中性子から構成されています。原子核でも十分小さいですが、さらに細かい分類があるわけです。

陽子

原子核のうち構成要素のうち、+の電荷を持つ方の粒子。

中性子

原子核の構成要素のうち、電荷を持たない方の粒子。

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原子核が安定する理由

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プラス電荷なる陽子が狭い範囲に集まっているため当然斥力が働きます。しかし、その斥力に勝つ力があり、それが素粒子の相互作用具体的には万有引力のようなものをイメージしましょう。万有引力の公式を見ると分母が2物体間の距離の2乗となっています。2物体間の距離が限りなくゼロに近くなる素粒子(陽子や中性子)では莫大な万有引力のような力が働き、それが相互作用です。素粒子の相互作用の考え方では半径=0とみなすもの。この時万有引力が無限大、非常に強い引力が働き、電荷同士の斥力に打ち勝つのです。

また、電荷を持たない中性子も原子核の安定に一役買っています。電荷を持つ陽子ばかりだと斥力が働きまくり流石に安定しない。間に上手いこと中性子が入ることで安定するのです。

3.不安定核

上述のような構成であるため、本来原子核は安定しているものですが、中にはイレギュラーな構造の物がありそれらは不安定であり主に以下の3パターンがあります。

重い原子核

原子核は素粒子の相互作用により安定しています。相互作用は粒子間の距離が近いほど強い→安定している状態。ところが陽子や中性子の数が多い「重い原子核は粒子間の距離が大きくなるため相互作用が弱まり不安定となるのです。

陽子が過剰

素粒子の相互作用で安定しているとは言え、お互い反発し合う「陽子」が過剰だと不安定になります。

中性子が過剰

中性子はお互い反発しないけれど、過剰になると不安定の原因に。陽子はお互いに反発し合うため配置に制約が出てきますが、中性子はそういった制約がありません。「どこにでも存在できてしまう」故に配置が不安定になります。

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4.核分裂

核分裂とは、不安定な原子核が安定な状態になるもの。例えば、重過ぎて(大きすぎて)不安定な原子核は2つの軽い原子核に分裂します。原子核が変わるということは価数(+〜の部分)が変わるということ、つまり別の原子になってしまということ。

核分裂の実例

重い原子核を持つウラン235の原子核はクリプトン92とバリウム141に分裂します。235、92、141はそれぞれ質量数を表しますが、235という重さから92と141が生成(合計233)されるということで、あとの2はエネルギーとして放出されるのです。

分裂ではないけれど

 

不安定な原子核のパターンとして、陽子や中性子が多い場合も紹介しました。これらの原子核は分裂まではしなくとも、過剰な陽子や中性子を放出し、強いエネルギーを生み出します。

核分裂時のエネルギーの出どころ

化学で言う「不安定な状態」とは、言い換えればエネルギーが高い状態

原子の質量がどうやって決まるかというと、陽子の数と中性子の数以外にも要因があります。これらがどう配置されているかです。

質量数は炭素を12として基準にしています。酸素の同位体存在比はO16(陽子8個、中性子8個)が99.76%、O17(陽子8個、中性子9個)が0.04%、O18(陽子8個、中性子10個)が0.2%程度で、16より重いやつしかないのに質量数はまさかの15.9994で16を切っています。不思議ですね。

その理由は酸素の原子核が炭素より安定しているから。不安定な原子核ほどエネルギーを内部にため込んでいて、それが質量数に反映され重くなっているといったイメージです。原子核が持つエネルギーが質量エネルギー(質量x光速の2乗)で考えられ、不安定な核はこの「重い分」をエネルギーとして放出して安定した核に変わります。核分裂の前後で、質量保存の法則は成り立たないのです。

目に見えないエネルギー

核分裂は目に見えない反応ですが、反応後に質量が変わってしまうほど原子に「大きな変化」が起きていて、それがエネルギーの発生源。直接目に出来る運動エネルギーや位置エネルギーでは想像できないほどのエネルギーが発生するものであり、金属の塊をぶつけただけで人の命を奪ってしまうほどです。

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物理理科量子力学・原子物理学

大事故の原因となった金属の塊「デーモン・コア」とは?理系ライターがわかりやすく解説

見た目はただの金属の塊だけれど、人命を奪ってしまうほど危険なものがある。核分裂反応を起こす物質で通称「デーモンコア(悪魔の核)」と呼ばれるプルトニウムの塊です。核分裂ではとてつもないエネルギーが発生し、燃料などに利用されることもある。ただ、取り扱いを間違うと大変危険です。

なぜこれほどまでに恐ろしいのか理系ライターのR175と解説していく。

ライター/R175

関西のとある国立大の理系出身。学生時代は物理が得意で理科の高校理科の教員免許も持っている。エンジニアの経験があり、教科書の内容に終わらず実際の現象と関連付けて説明するのが得意。

1.大事故の原因となった金属塊

image by iStockphoto

核分裂の実験に使われていた重さ6.2kgのプルトニウムの塊(通称、デーモン・コア)が作業者を死亡させる事故が2回発生しました。作業者が行ったことは「金属と金属を接触させた」だけなのですが、それにより核分裂反応が起きて作業者が大量被曝し死亡してしまいました。まずは、これら事故の概要を見ていきましょう。

1回目~ブロックを積み上げ臨界状態を作ろうとしたら事故発生~

1回目~ブロックを積み上げ臨界状態を作ろうとしたら事故発生~

image by Study-Z編集部

1945年、物理学者のハリー・ダリアン氏はプルトニウムの塊の周囲に炭化タングステンのブロックを徐々に積み重ねていき、どこで臨界状態に達するかを調査する実験をしていました。

プルトニウムは中性子という微粒子を放射しています。炭化タングステンはプルトニウムから出てくる中性子を反射し再びプルトニウムにぶつけることが出来る物質。そのため炭化タングステンを多く積み上げれば積み上げるほどとプルトニウムに跳ね返っていく中性子が増加。すると、プルトニウムは核分裂(後述)という反応が継続的に起きる「臨界状態」に達します。

どのくらい炭化タングステンを積み上げると臨界状態に達するか調べるために少しずつ積み上げていたところ、誤って炭化タングステンをプルトニウムにぶつけてしまい一気に核分裂反応が発生し大量の放射線が発生。ハリー・ダリアン氏は大量に被曝し、急性放射線障害のため事故の25日後に亡くなりました。

2回目~半球の隙間を調整していた時に事故発生~

2回目~半球の隙間を調整していた時に事故発生~

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1回目の事故から9か月後の1946年、物理学者ルイス・スローティンと同僚らは中性子反射体であるベリリウムとプルトニウムの塊を接近させて核分裂反応が発生する距離を調べる実験をしていました。方法は、半球状に加工したベリリウムの中心にプルトニウムの塊を組み込み、上半分と下半分の距離をマイナスドライバーで調整しながら、検出器にて放射線の量を測るというもの。

しかし、彼は誤ってマイナスドライバーを外してしまい、上下半球が接触し核分裂反応が発生。大量の放射線を浴び、その障害により9日後に死亡しました。

2.核分裂とは

プルトニウムなど構造が不安定な原子が軽い安定した原子2つに分してしまう現象が核分裂です。

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