平安時代日本史歴史

「浄土真宗」とは?信仰から一向一揆まで歴史オタクがわかりやすく5分で解説

よぉ、桜木健二だ。平安時代後半、「末法思想」によって国も人々もすさんだ時代が訪れた。仏法も衰え、誰も救われない絶望的な状況のなか、阿弥陀仏の本願によって人は死後に極楽浄土に迎え入れられるという「浄土信仰(浄土教)」がブームとなったんだ。

今回は、浄土信仰から生まれた宗派のひとつ「浄土真宗」について、歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は源義経をテーマに執筆。得意分野の平安時代から派生して、平安時代前後に活躍した仏教の宗派について勉強し、まとめた。

1.平安時代後期の凄惨な有様

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伝狩野元信 – 『源平合戦図屏風』 赤間神宮所蔵, パブリック・ドメイン, リンクによる

平安時代後期に「末法の世」が到来して国も人々も荒れ果てた、と冒頭で桜木先生がおっしゃいましたが、具体的には何が起こったのでしょうか?

「末法の世」はいつから始まっていつまで?

そもそも「末法の世」とは、仏教の開祖「ガウタマ・シッダールダ(お釈迦様)」の入滅から2000年後のことを指していいます。仏教の経典には、お釈迦様が亡くなってから時代が進むにつれて仏法は次第に衰えていく、と書かれていました。2000年後にそのピークがくるというわけですね。しかも、ピークはすぐには過ぎ去らず、末法の世は一万年続くとされています。なので、実は現代もまた「末法の世」の真っ只中なんです。

では、「末法の世」のなにがおそろしいのでしょうか?

「末法の世」では仏教の力「仏法」がすっかり衰えるとされています。仏法が衰えると、世の中は戦乱や飢饉、災害や疫病にあふれ、人々は煩悩に囚われて苦しみ続けるのです。

実際の平安時代後期

お釈迦様の入滅から2000年後を西暦でいうと1052年。日本ではちょうど平安時代後期にあたります。

このころの朝廷は藤原氏の力が弱まり、摂関政治から後三条院(引退した第71代天皇)が直接政治を行う「院政」へ変わった時期でした。また、仏教界では武装した僧兵たちが徒党を組んで朝廷に自分たちの意見を通そうと「強訴」を起こし、内部の腐敗が進んでいったのです。

そうしたなか、「保元の乱」と「平治の乱」を経て権力を握った平清盛が20年に及ぶ恐怖政治を開始します。その極めつけが六年も続く「源平合戦(治承・寿永の乱)」です。源平合戦の後、平家に続いて奥州藤原氏を滅ぼした「源頼朝」のもとへと政権が渡って鎌倉幕府が成立。そして武士の世が訪れるのです。

権力の変遷が巡るましく起こり、それまでずっと都の天皇家と貴族たちが中心になっていた政治が、とうとう武士の手に渡ったのでした。

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