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日本と世界をつないだ「イエズス会」とは?その活動を元大学教員が解説

日本人のキリスト教徒増加を江戸幕府は警戒

そのあともイエズス会の勢力は拡大。キリスト教徒は50万人にのぼったという説もあります。そのため江戸時代になると布教は規制されるようになりました。

幕府としては南蛮貿易を継続したいというのが本音。そこで貿易と布教を切り放そうとします。徳川家康の頃にはキリスト教は禁止。南蛮貿易も密輸や独占発覚が相次ぎ禁止となりました。

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スペイン・ポルトガルは拡大する植民地の労働力として奴隷のニーズが拡大。そこでキリスト教に改宗することを拒んだ日本人を奴隷として売っていたという記録もあるようだ。

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現代にも大きな影響を与えるイエズス会

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By Tânia Rêgo/ABr – Agência Brasil, CC BY 3.0 br, Link

現在のイズス会の会員は2万人ほどと言われています。活動している地域は112カ国。世界で2番目に大きいカトリック系の男子修道会となりました。

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ローマ教皇フランシスコはイエズス会出身

イエズス会の影響力の大きさを物語るのがローマ教皇がイエズス会から選出されたこと。イエズス会出身のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が第266代ローマ教皇に選出されます。

それがフランシスコ教皇。イエズス会出身のローマ教皇は世界初でした。またアルゼンチンのブエノスアイレス大司教という経歴も、これまでのカトリックの伝統から逸脱したものです。

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イエズス会により開設された上智大学

日本の名門である上智大学はイエズス会が明治時代に設立した大学です。大学を作る構想はザビエルの時代からありましたが、キリスト教が禁止されていたこともあり明治時代となりました。

イエズス会の本部の頂点となる総長に上智大学で教鞭をとっていた宣教師が就任することも。28代目のペドロ・アルペ、第30代のアドルフォ・ニコラスは、上智大学ゆかりの人物です。

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イエズス会と日本の関係は昔だけのように思いがちだが、実は今の日本とも深いつながりがあるんだな。それにしても、フランシスコ教皇は思い切った行動をとることで知られているが、イエズス会出身と聞くと納得だ。

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どうしてイエズス会が受け入れられたのかも考えてみよう

イエズス会は、世界史を学ぶときに必ず登場しますが、日ごろの生活のなかではあまり接点がありません。しかし実際は、大航海時代からの積極的な宣教活動の成果もあり、現在も世界中でたくさんのイエズス会員が活動しています。戦国時代、イエズス会がキリスト教をもたらしたとき、たくさんの日本人が改宗しました。なかには熱心に信仰を深める大名や民衆があらわれます。当時の人々はどうしてキリスト教に惹かれたのでしょうか。「布教する側」と「布教される側」の両方の視点から関連する歴史を学ぶと、いろいろと思いを巡らせることができそうです。

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hikosuke