理科生物細胞・生殖・遺伝

遺伝学はこうして発展した!科学館職員が遺伝学史をわかりやすく解説

よぉ、桜木建二だ。今回学ぶのは遺子学の発展についてだ。親から子へと特徴が受け継がれる遺伝。現在では髪の毛や皮膚片などわずかな細胞で親子関係を調べたり、数万円で手軽に遺伝子検査をして自分に合ったサプリやダイエット方法を提供するというサービスもある。

現代社会ではDNAが二重らせん構造をしているという事は一般常識だな。しかし約160年前には遺伝についてはほとんど何も知られていなかった。遺伝についての研究はメンデルが遺伝の法則を1865年に発表し、それ以降急速に進んだんだ。

今回は遺伝学史の発展をその研究に貢献した科学者と共に紹介していく。解説は科学館職員のリケジョ、たかはしふみかだ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/たかはし ふみか

電子書籍より紙派、図書館が大好きなアナログリケジョ。わからないことは本で調べたい性格。高校では化学部、大学では工学部の化学系で化学漬けの日々を送っていた。

 

遺伝に関する用語のおさらい

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遺伝学史について解説する前に、遺伝についてのおさらいをしましょう。

遺伝とは生殖によって親の形質(特徴)が子にが引き継がれることです。親が学んで得た技術やけがの傷跡が引き継がれないように、後天的な感染や学習、環境によるものは遺伝しません。親から子へと遺伝情報を受け継ぐのが遺伝子です。遺伝子によって形質の発現が決まり、遺伝子は二重らせん構造をしたDNAからできています。DNAとはデオキシリボースとリン酸、塩基からできるヌクレオチドが連なった物質です。DNAは細胞核にある染色体に含まれています。

染色体とは細胞の核の中に存在する、DNAで作られた棒状の遺伝子情報を担う物質です。染色体は2本で1対となり、生き物によって染色体の本数は決まっています。染色体の本数は偶数で、式で表すと2n本です。

染色体の本数は例えばハツカネズミは20対で40本、人間は23対で46本、犬は39対で78本、金魚は52対で104本の染色体を持っています。この染色体は減数分裂によって半減し、受精によって元の本数に戻るのです。

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遺伝に関する簡単な流れは理解できたか?

親から子へと形質が受け継がれることを遺伝といい、遺伝には遺伝子が関わっている。遺伝子は二重らせんとなったDNAからできていて核の中にある染色体に含まれているぞ。

ところで染色体の数は人間は23対46本でチンパンジー24対48本だが、ゴキブリの染色体はその間の47本だ。染色体の数は2nで表される偶数のはずなのにおかしいな。これは通常性別は性染色体であるXとYで決められる(メスはXXでオスはXY)が、ゴキブリやバッタ、コオロギはXの染色体しかもっていないためだ。

#1 遺伝学の父、メンデル

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遺伝学の父と呼ばれるグレゴール・ヨハン・メンデル。エンドウ豆の実験でメンデルの法則と呼ばれる遺伝に関する法則を発見した人物です。

メンデルは1822年にオーストリアの農家に生まれました。メンデルは司祭として修道院で生活し、そこで研究を行います。そしてエンドウ豆の交配実験を行い、1865年にメンデルの法則を発表しました。

メンデルの法則

メンデルの法則

image by Study-Z編集部

植物雑種に関する研究」としてまとめられたメンデルの法則。メンデルの方を苦を簡単にいうと「親から子へと受け継がれる形質は粒子のようなものの受け渡しがあるから」という事です。メンデルの法則が知られる前、形質は液体のように混ざると考えられていました(混合遺伝)。それがメンデルによって遺伝形質は遺伝粒子によって受け継がれることが分かったのです。

メンデル法則は3つの法則から成り立っています。

優劣(優性)の法則
形質には優性と劣性がある
親が優性形質のみと劣性形質のみの組み合わせの場合、第一世代には優性の形質が現れ劣性の形質は隠れてしまう

分離の法則
個体が配偶子を作るとき、個体が持つ対立遺伝子は分かれて別々の配偶子に入る

独立の法則
2つ以上の異なった形質(対立遺伝子)は別々の配偶子に入る

メンデルの法則の再発見

メンデルが発表した当時、この研究は世間に受け入れられませんでした。

それがメンデルが亡くなった後の1900年、ユーゴー・ド・フリースカール・エーリヒ・コレンスエーリッヒ・チェルマックらによって再発見されます。この再発見がすでにメンデルによって発表されていたことからメンデルの研究が認められることとなりました。

メンデルの法則の再発見が今から120年ほど前のことです。遺伝についての研究が進んだのは最近のことなのですね。

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生物の教科書に必ず出てくるメンデル。しかし本人がその功績を讃えられることはなかった。メンデルに限らず、生前に研究や芸術が認められなかった人物はたくさんいる。自分の功績が認められるのは努力だけではなく運もあるだな。

ちなみにメンデルは気象の研究も行っていて、生前はむしろ気象の研究で認め得られていた。

#2 DNAの発見者、ミーシャー

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遺伝子の話に必ずと言っていいほど出てくるキーワード、DNA。これはデオキシリボ核酸のことです。デオキシリボ核酸とは遺伝子情報を伝える物質である核酸の一種で、デオキシリボースとリン酸、そして4種類の塩基(アデニン・グアニン・シトシン、チミン)でできています。

この核酸を発見したのがスイス生まれの生化学者ネス・フリードリッヒ・ミーシャーです。ミーシーャは1869年に核酸を発見しました。なんと包帯についた膿を集めてその白血球を使って実験したのです。

1871年にミーシャーは核に存在するリン酸を大量に含んだタンパク質とは異なった物質について発表します。この物質は細胞核内の酸物質、という意味で核酸と名付けられました。

#3 染色体説を発表、サットン

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1902年、「遺伝子が染色体上にある」という染色体説を発表したのがウォルター・S・サットンです。サットンはバッタの生殖細胞を観察し、染色体説を提唱しました。バッタは染色体が大きく、観察に適しているのです。そして生殖細胞が減数分裂し、相同染色体が分かれて別の配偶子に入ることが明らかとなりました。

サットンは1877年にアメリカのニューヨークにある農家に生まれました。もともとは工学を学んでいましたが、弟が伝染病でなくなったことをきっかけに生物を学ぶようになり、1898年から染色体の研究を始めました。

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減数分裂とは生殖細胞が行う、染色体を半分にする細胞分裂のことだ。そうしないと、子の染色体の数が親の倍になってしまうからな。

人間は染色体が46本あり、精子、卵子それぞれから23本ずつ受け取っているぞ。

\次のページで「古典遺伝学を発展、モーガン」を解説!/

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