安土桃山時代日本史歴史

「南蛮文化」とは何?その特徴や伝来したものを元大学教員が解説

宣教師を育成する神学校も

イエズス会の宣教師はみんなが日本に馴染んでいたわけではありません。そのために日本人の宣教師の育成はなかなか進まず。そこで巡察師であるアレッサンドロ・ヴァリニャーノは日本人の宣教師を育てるための神学校を作ります。

初等教育機関がセミナリヨ。高等教育機関がコレジオと呼ばれました。さらにイエズス会員を養成するノビチアートも設立されます。セミナリヨを京都に作ろうとしましたが、仏教との対立を回避するために、滋賀県の安土が選ばれました。

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キリスト教の布教の影響は大きく、戦国時代はキリシタン大名がどんどん増えていった。なかには寺や神社を破壊する大名も。戦国時代は不安定な時期。だからこそキリスト教が広まりやすかったのだろう。

戦国武将や庶民に広がる南蛮文化

Tobacco set, view 2 - Sanada Treasure Museum - Nagano, Japan - DSC09391.JPG
Daderot投稿者自身による作品, CC0, リンクによる

西洋の絵画や洋服に対する認知度もアップ。南蛮風のファッションは個性の代名詞となり、風変わりな着こなしを楽しむ武将も登場します。そんな南蛮文化の浸透は、日本の庶民の生活も変容させました。

タバコを吸う習慣が持ち込まれる

南蛮文化の浸透と共に日本人がたばこを吸う習慣がでてきます。アメリカ大陸にヨーロッパ植民者が上陸したとき、先住民の手に渡ったもののひとつがたばこでした。たばこは、大航海時代により、世界に広まった習慣のひとつと言えるでしょう。

このときのたばこは「南蛮きせる」というもの。南蛮きせるを愛用したのは「かぶきもの」と呼ばれるやんちゃな戦国武将。遊び人風の男性や遊女も南蛮きせるを愛用していたようです。

鉄砲の伝来は戦い方を変える

日本史に大きな影響を与えたのが鉄砲の伝来でしょう。このとき南蛮貿易でもたらされた鉄砲は火縄銃でした。戦国大名は鉄砲欲しさに南蛮人に近づいたとも言えます。鉄砲は主に九州の大名たちにより取り入れられました。

鉄砲を使って大躍進をとげたのが織田信長です。鉄砲を大量に整備することにより、織田信長は天下統一に近づいたと言えるでしょう。戦国時代の末期になると、日本製の鉄砲作りも試みられたようです。

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種子島というと鉄砲伝来の代名詞。しかし今は宇宙開発のシンボルだ。種子島宇宙センターは美しい自然のなかにある。そのため、世界一美しいロケット発射が見られると言われている。

南蛮文化は西洋の知識を広めることにも貢献

The Caxton Celebration - William Caxton showing specimens of his printing to King Edward IV and his Queen.jpg
By The Graphic, June 30, 1877, p617. Retrieved from old-print.com, Public Domain, Link

南蛮貿易を通じて日本にやってきた技術がグーテンベルクの活版印刷術。印刷技術が活用されることで、西洋の知識や文化が人々のあいだに広まりました。

活版印刷術により書物の出版が可能に

活版印刷術を日本に紹介した人物がイエズス会の宣教師であるヴァリニャーノ。実際の印刷機も輸入されました。書物の活字化が可能になったことで翻訳が進められます。聖書、キリスト教文学、諸学問の翻訳がすすめられ、ローマ字版も刊行されました。

さらに、宣教師向けに日本語の辞書や書物の翻訳も行われます。イエズス会が刊行した書物は「キリシタン版」と呼ばれ、ローマ字、漢字、仮名など、複数のバージョンがありました。出版の際、日本人修道士も活躍します。

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hikosuke