安土桃山時代日本史歴史

「南蛮文化」とは何?その特徴や伝来したものを元大学教員が解説

イエズス会とはカトリック系の修道会。宣教師は男性のみとされています。その起源は16世紀の宗教改革の時代。世界各地に向けての布教活動を展開しました。イエズス会は教育に力を入れていたことから、優秀な宣教師を排出します。そのひとりが日本にキリスト教を広めたフランシスコ・ザビエルでした。

ザビエルの日本滞在をサポートした人物が日本人の「ベルナルド」。日本人ですが本名は知られていません。ベルナルドは日本で初めてヨーロッパに留学。長く苦しい航海により体調を崩してポルトガルで亡くなりました。

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世界史で必ず勉強する大航海時代。コロンブスが活躍した時代だ。大航海時代と南蛮貿易はワンセット。世界史とのつながりを意識すると、歴史的な出来事の意味がさらによく分かるはずだ。

南蛮文化のキーパーソン

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南蛮文化は色々なかたちで日本に浸透しました。そのなかでキーパーソンとなるのが2人のイエズス会の宣教師、フランシスコ・ザビエルとルイス・フロイスです。

ビジネス感覚あふれるフランシスコ・ザビエル

フランシスコ・ザビエルは、鹿児島の種子島に上陸。キリスト教を布教するだけではなく、ポルトガル商館の建設を薩摩国に提案します。さらにイエズス会の財源確保にも奔走。マラッカの長官に、ポルトガル商館の関税をイエズス会の財源にすることを交渉しました。ビジネス感覚に優れた、かなりやり手の宣教師だったことが分かります。

彼は優秀な部下も従えていました。そのひとりが鹿児島出身のヤジロウ。ヤジロウは、日本人として初めて洗礼を受けた人物で、ザビエルの通訳者として活躍しました。ザビエルが日本を去ったあと、彼は海賊になり殺されたと伝えられていますが、真相は定かではありません。

戦国時代研究にも貢献したルイス・フロイス

ルイス・フロイスもイエズス会の宣教師。彼は日本文化に対する関心が強く、日本語や風習の勉強にも熱心に取り組みました。九州をメインに布教活動を展開。京都の布教責任者にも抜擢されます。

織田信長と面会する機会を得て、信頼を獲得したルイス・フロイス。布教エリアを近畿地方まで広げることに成功しました。文筆家でもあるフロイスは著作も数多く残しており、戦国時代の貴重な資料となっています。

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イエズス会の宣教師たちは、戦国大名だけではなく庶民の生活にも深く関わった。権力とのつながりが強かった当時の仏教よりも親近感がわく存在だったのかもしれない。一緒にに生活するケースもあったようだ。

イエズス会の教育活動は南蛮文化定着の土壌に

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Attributed to Kano Domi – 不明, Lisbon Museum collection, パブリック・ドメイン, リンクによる

南蛮文化はキリスト教の信仰と共に定着します。そこで大きな役割を果たしたのがイエズス会の教育活動でした。イエズス会は戦国大名との関係を深め、各地に教育拠点を作ることに成功します。

京都に南蛮寺を建てる

1576年に教会堂として建てられたのが京都の南蛮寺です。正式な名前は聖母被昇天教会。お寺を建てる中心人物となったのがイエズス会のニェッキ・ソルディ・オルガンティノです。

オルガンティノは、宇留岸伴天連(うるがんばてれん)という日本語名があるほど日本の人々に親しまれた宣教師。陽気な性格で、着物を着てお米を食べるなど日本の生活にも馴染んでいました。そのため信者がどんどん増える人気宣教師であったようです。

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hikosuke