国語言葉の意味

【慣用句】「水泡に帰す」の意味や使い方は?例文や類語を元広告会社勤務ライターが解説!

1.急遽イベントが中止となったことで、イベントに向けて準備していた苦労が水泡に帰してしまった。
2.これまでの努力も、たった一つのミスですべて水泡に帰す可能性がある。
3.友人は大会前に骨折してしまった。これまでの練習の努力が水泡に帰してしまい、とても落ち込んでいる。

「水泡に帰す」の意味は努力がむだになることです。そのため、後悔の文章や悔しい気持ちを含む表現で使われることが多く、台無しになった結果を前に呆然としている様子も表現されています。

また例文2のような戒めの文章でも、「水泡に帰す」はよく見られる表現です。

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「水泡に帰す」は誤読が多い慣用句でもある。特に「帰す」を「かえす」と読むパターンが多いが、正しくは「きす」と読むんだ。

せっかく意味を知っているのに間違った読み方をしては、それこそ努力が水泡に帰してしまうから注意するんだな。

「水泡に帰す」の類義語は?違いは?

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「水泡に帰す」とは努力が台無しになること。そんな意味を持つ類義語として、「棒に振る」と「灰燼と化す」について今回は解説します。

「棒に振る」

「棒に振る」「それまで積み重ねてきた努力や苦労を無駄にしてしまう」という意味のことわざ。よく使われるため目にする機会も多いのではないでしょうか。

昔は魚や野菜を天秤に乗せて売る方法があり、この天秤を「天秤棒」と呼んでいました。そして天秤棒を使って商売する方法を「棒手振り(ぼてふり)」と呼んでいましたが、この棒手振りは安売りの手法だったため、すべて売り切ったとしてもほぼ儲けることはできませんでした。

せっかく苦労したものでも、棒手振りでは安く売って損をしてしまう。そんな様子から「棒に振る」ということわざが生まれました。

ただし「水泡に帰す」の類義語と言えどまったく同じ意味ではありません。「水泡に帰す」は予想外の事態によって努力が無駄になるのに対し、「棒に振る」は自らの行いで努力を無駄にしてしまう、という違いがあります。ニュアンスが異なるため、使用する際には注意しましょう。

「灰燼と化す」

「灰燼と化す(かいじんとかす)」も「水泡に帰す」の類義語として挙げられる慣用句です。

「灰燼(かいじん)」は灰と燃え殻のことを指し、何かが燃えてなくなった後に残るものを表します。そのため「灰燼と化す」とは形あるものが完全に燃えて焼失してしまったことを意味したもので、転じて物事やそれまでの努力がすべて台無しになる、という比喩表現です。

よく似た表現に「灰燼に帰す(かいじんにきす)」という表現もありますが、これもほぼ同義で用いられます。

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