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5分で分かる「薔薇戦争」ランカスター家とヨーク家の争いを歴女がわかりやすく解説

3-4 テューダー朝を開いたヘンリ7世

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作者不明http://www.marileecody.com/henry7images.html, パブリック・ドメイン, リンクによる

ボズワースの戦いでリチャードを倒し、1485年にテューダー朝を開いたヘンリー7世。こうして薔薇戦争は終焉を迎えました。ところでヘンリーは一体どんな人物だったのでしょうか。彼はランカスター家の直系ではなく、その支流のボーフォート家系出身でした。ヘンリーは王位継承順が低かったため、自身の継承の箔付けとしてヨーク家のエリザベスと結婚することに。ちなみにこのエリザベスはロンドン塔で行方不明となった兄弟の姉に当たる人物。

ヘンリーは百年戦争と薔薇戦争によって封建貴族が没落したため、比較的強大な王権を築くことに成功しました。そして婚姻政策によって、スコットランド、スペインとの婚姻を結ぶことに。前者の結婚によってメアリ・ステュアートが誕生し、後者ではキャサリンと結婚することになったヘンリー8世が離婚問題に発展していくことになりました。

薔薇戦争によって滅んだプランタジネット朝と誕生したテューダー朝

薔薇戦争とは、百年戦争が終結した後にプランタジネット朝の傍流、ランカスター家とヨーク家が争った内乱のことです。この内乱では30年に渡って続き、両家は互いに有力な貴族らを巻き込んで戦うことに。当初は奮闘したランカスター家でしたが、1461年にエドワード4世が即位しヨーク朝が成立。その後ヘンリー6世らは命を落とすことに。しかしその後4世が亡くなると、野心家のリチャードが甥らをロンドン塔へ幽閉し(その後王子たちは行方不明に)、自身が戴冠することに。この強引な戴冠によって反リチャード派が出てくることになり、その後のランカスター家の支流ヘンリーとのボズワースの戦いでリチャードは戦死。こうしてヨーク朝は幕を下ろし、テューダー朝が開かれることに。

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