「帝国主義」とは、ひとつの国家が自国の発展のために、発展途上国など他国に領土を拡大させていく政策を意味する。必ずしも軍事力を行使するわけではなく、経済力を利用して市場を拡大させていることも大きな特徴です。似ている言葉で植民地主義もありますが、支配する方法や従属のさせ方には違いがある。

それじゃ、「帝国主義」とは何かを探るために、20世紀初頭のアメリカが、周辺の国々をどのように従属させたのか、思想や形態を世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。「帝国主義」とは、国境を越えて支配圏を膨張させる政策。その用語は、さまざまな意味で使われているため、実際はどのような体制を指すのか分からないものも多い。そこで「帝国主義」が台頭する背景など、関連する歴史的出来事をまとめてみた。

「帝国主義」とはどのような意味?

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帝国主義は英語にするとimperialism。皇帝国家を意味するimperiumがその語源です。本来は皇帝により行われる政治や支配体制のことを指しました。imperiumの代表的な例が、ローマ帝国による周辺諸国への侵攻と、それによる領土の拡張と言えるでしょう。ただ注意しないといけないのは、imperiumとimperialismはイコールではないことです。

「帝国主義」は古代から続く拡張政策を網羅する

厳密には帝国主義という用語が使われるとき、19世紀末から20世紀初頭にかけての欧米諸国による他民族の支配や抑圧を指します。ただ、帝国主義とされる現象は、古くから続いているとされました。そのため世界史の教科書には「~帝国」という言葉があちらこちらに見られます。

その例となるのが、古代中国、古代エジプト王朝、ローマ帝国など。これらの国が行った周辺諸国に対する支配は、帝国主義と捉える考えがあります。近代なら、フランスやロシア帝国による侵略行為が同様。先進国が軍事力を駆使して他の国を併合、その領土を広げていくことは基本的に帝国主義に括られています。

「帝国主義」が何を意味するのかは議論が継続

しかしながら、他国の領土を侵略したり他国の人々を支配したりすることを、すべて帝国主義に括っていいのか議論が続いています。とくに帝国主義の定義を考えるときに、こんがらかってしまうのが植民地主義との違い。また、第一次世界大戦後のイタリアやドイツのファシズムも、他国の領土に侵攻する点では似ています。

そのため現在は、いろいろな現象を帝国主義と呼ぶ習慣が定着。まったく方向性が異なる政策や方針も帝国主義と呼ばれる状態になりました。そこで、世界中の研究者たちが帝国主義の定義について議論を続けていますが、はっきりと決着が付いているとは言えない状況です。

植民地主義と帝国主義の違い

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狭義の帝国主義は、19世紀末から20世紀初頭の欧米諸国の領土拡張の動きを指します。多くの人が混乱するのが、時期が重なる植民地主義と帝国主義。このふたつは、戦争や武力行為の程度、外交の観点の有無などから、、区別することができます

どのような関係で帝国を形成するのか?

植民地主義は、他国の領土を武力により争奪し、さらに利益を一方的に独占します。たとえば大航海時代から、アメリカ大陸にヨーロッパの先進国の人々が入植し、先住民の土地を一方的に取り上げて植民地を作りました。これは植民地主義になります。

アメリカ合衆国は、20世紀初頭になると、ラテンアメリカ諸国に勢力を拡大。このとき、合衆国はラテンアメリカ諸国の土地を取り上げることはしません。表面的には独立国として認めつつも影響力を持つ、それが帝国主義です。

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権力を行使するのは領土なのか市場なのか?

植民地主義の場合、植民者がその土地に行って直接的に統治します。イギリスの植民地だったインドは長らく「イギリス領インド帝国」という位置づけ。イギリスの君主がインド皇帝を兼任し、インドという国家は存在しますが、実際はイギリスの領土です。

同じくラテンアメリカ諸国を例にすると、アメリカが与える影響力は市場。領土をダイレクトに統治することはありません。アメリカに有利になるような取引をラテンアメリカ諸国と行い市場を拡大。その過程で、税金や法律の制定などで、影響を与えていきます。

「帝国主義」の意味はさまざまに転化

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帝国主義は、20世紀に入ってから独自に理論化されます。また、新しく生まれた拡張政策が帝国主義と呼ばれるケースも出てきました。そのため帝国主義の意味はいろいろと転化します。

社会主義の理論では階級闘争と関連づけられる

ロシア革命後、社会主義国家であるソ連が誕生します。ロシアの革命家のウラジーミル・レーニンは、国家の理論的な支柱として『帝国主義論』を執筆。そのなかで、資本主義の最終段階が帝国主義であると定義しました。

レーニンによると、帝国主義国家では、階級の対立がクライマックスに達します。その対立が限界状態になると革命が起こり、社会主義国家が生まれると考えました。レーニンによると、帝国主義は資本主義の最終段階ですが不完全なもの。そこで社会主義が登場するという道筋です。

第二次世界大戦期の日本の軍国主義を意味することも

また、第二次世界大戦期の日本が展開したアジア圏の領土拡大を帝国主義と言うこともあります。実際、このときの日本は大日本帝国。アジアに帝国を作ろうとしていたことは確かでしょう。

武力による領土拡張であるため、狭義の帝国主義とは異なります。実際は、侵攻した国は植民地として位置づけられていたため、植民地主義に近いと言えますね。

アメリカの帝国主義1 カリブ海政策

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ここでは、帝国主義の意味を考えるために、20世紀初頭のアメリカの政策を取り上げてみます。アメリカの帝国主義の中心となるのがカリブ海政策。影響力を拡大するための拠点となりました。

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パナマ運河の建設

太平洋とカリブ海のあいだにあるのがパナマ共和国。もともとフランスの影響下にある国でした。1880年からフランスがすすめていたのがパナマ運河の建設。それがとん挫したため、アメリカが引き取ります。

運河が建設されるパナマ地峡はコロンビア領。アメリカは、地理的な重要性から直接管理することを望みます。そこでアメリカは独立運動家を巻き込み、コロンビアからパナマを独立させて管理権を獲得しました。

海路を充実させて輸出や輸入を促進

パナマ運河の管理権を獲得したアメリカは、そこを拠点に、ヨーロッパやアジア諸国との貿易を加速させていきます。太平洋とカリブ海がつながることで、航路が世界に広がると期待されました。貿易を通じて支配圏が拡大し、帝国が大きくなると考えます。

なかでも合衆国が輸出・輸入を積極的に行ったのがラテンアメリカ諸国。とくに合衆国が製造した加工品や農機具などを輸出し、農業生産物を輸入するパターンがつくられました。輸出・輸入が増えるにともない関税などの法律も共通化。実質的に支配下に置きます。

アメリカの帝国主義2 パンアメリカ主義政策

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当時のアメリカは、自国の政策について帝国主義と言わず、パンアメリカ主義と表現しました。パンアメリカ主義とは、合衆国ならびに中南米・カリブ海諸国が一緒になって「共同体」を形成するというもの。合衆国は宗主的位置づけですが、国家間は平等な関係を結んでいるとされました。

パンアメリカ会議の開催

アメリカの帝国主義の特徴は表面的には対等な関係をつくること。対話の場としてパンアメリカ会議、いわゆる首脳会議を開催します。第一回の会議は1889年にワシントンD.C.にて開催。その後は、メキシコシティ、リオデジャネイロ、ブエノスアイレスなど、ラテンアメリカ諸国で開かれました。

パンアメリカ政策はアメリカの帝国主義の一部ですが、首脳会議を開くなど各国を独立国家として認めています。そのため古代ローマ帝国の侵略とはだいぶ雰囲気が異なるでしょう。また、大使館は置かれるものの、統治するわけではありません。そのため植民地主義とも一定の距離があります。

パナマ万国博覧会の開催による発信

第一次世界大戦が激化する1915年に開催されたパナマ万国博覧会は、アメリカの帝国主義=パンアメリカ主義を世界に発信する機会とされます。ここで強調されたのが、合衆国とラテンアメリカ諸国のあいだの友好関係。支配・被支配の関係ではないことがアピールされます。

パナマ万国博覧会では、アメリカの最新の農工具や、ラテンアメリカ諸国の生産物、先住民の伝統文化などを展示。相互理解を促進することがテーマとされます。一見すると、対等の立場でいい関係を作っているように見えますが、実際は合衆国の支配や影響力をアピールするものでした。

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アメリカの帝国主義3 男性らしさを強調する

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By Smithsonian Institution Archives - Smithsonian Institution Archives, Public Domain, Link

20世紀初頭のアメリカの帝国主義はイラストや写真によっても表現。メディアを上手く使って、アメリカ帝国の姿を人々に発信します。とくに帝国主義時代のアメリカで強調されたのが「男性らしさ」。それがあることで、合衆国の帝国が不動の地位にあることを、国民に知らせました。

セオドア・ローズベルトのアフリカ探検

セオドア・ローズベルトはアメリカの帝国主義のシンボルとも言える人物です。ローズベルトは、自分を撮影した写真を公表することで、帝国主義のイメージを浸透させました。1909年から約1年のあいだ。ローズベルトは東アフリカで探検を実施。そこで数多くの写真を撮影します。

実は、アメリカはアフリカに植民地を持っていません。そのような地でローズベルトは、巨大な野生動物を仕留める自分の雄姿をカメラに収めます。合衆国の領土ではないアフリカで、あえて「男性らしさ」を表現することで、帝国の大きさを発信したと言えるでしょう。

パナマ万国博覧会の公式ポスター「ヘラクレス」

アメリカの帝国主義を上手く表現していると言われるのがパナマ万国博覧会の公式ポスターです。ここで描かれているのがギリシア時代の英雄であるヘラクレス。パナマ地峡の太平洋側とカリブ海側を力強く支えているヘラクレスの姿をパナマ運河に見立てました。

領土の拡大を描く場合、前進する姿を描くのが一般的です。しかしパナマ万国博覧会の公式ポスターは、筋肉質な体で力強く両岸を支える「苦役」を描写。アメリカの帝国主義は、世界を支える責任があると、自分の国を位置づけるという特徴もありました。

世界史にはさまざまなかたちの領土拡大が登場

帝国主義は、先進国が他の国を従属させる支配のありかたのひとつ。ただ、その意味は非常に広く、植民地主義や軍国主義など、別の考え方も入り混じっています。そのため「帝国主義と言えばこれ」と断定することは、なかなか難しいというのが現状。そのうえで帝国主義を狭義で解釈すると、19世紀末から20世紀初頭の現象で、植民地主義の次の段階にあると言えます。ここでは、アメリカが世界で大きな影響力を持つ過程を、帝国主義と捉えてみました。はっきりとした正解があるわけではありません。そこで世界史を網羅したら、帝国主義の定義について、自分なりに整理してみてもいいでしょう。

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世界史歴史

「帝国主義」とは何?アメリカの政策を例に元大学教員がわかりやすく解説

「帝国主義」とは、ひとつの国家が自国の発展のために、発展途上国など他国に領土を拡大させていく政策を意味する。必ずしも軍事力を行使するわけではなく、経済力を利用して市場を拡大させていることも大きな特徴です。似ている言葉で植民地主義もありますが、支配する方法や従属のさせ方には違いがある。

それじゃ、「帝国主義」とは何かを探るために、20世紀初頭のアメリカが、周辺の国々をどのように従属させたのか、思想や形態を世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。「帝国主義」とは、国境を越えて支配圏を膨張させる政策。その用語は、さまざまな意味で使われているため、実際はどのような体制を指すのか分からないものも多い。そこで「帝国主義」が台頭する背景など、関連する歴史的出来事をまとめてみた。

「帝国主義」とはどのような意味?

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帝国主義は英語にするとimperialism。皇帝国家を意味するimperiumがその語源です。本来は皇帝により行われる政治や支配体制のことを指しました。imperiumの代表的な例が、ローマ帝国による周辺諸国への侵攻と、それによる領土の拡張と言えるでしょう。ただ注意しないといけないのは、imperiumとimperialismはイコールではないことです。

「帝国主義」は古代から続く拡張政策を網羅する

厳密には帝国主義という用語が使われるとき、19世紀末から20世紀初頭にかけての欧米諸国による他民族の支配や抑圧を指します。ただ、帝国主義とされる現象は、古くから続いているとされました。そのため世界史の教科書には「~帝国」という言葉があちらこちらに見られます。

その例となるのが、古代中国、古代エジプト王朝、ローマ帝国など。これらの国が行った周辺諸国に対する支配は、帝国主義と捉える考えがあります。近代なら、フランスやロシア帝国による侵略行為が同様。先進国が軍事力を駆使して他の国を併合、その領土を広げていくことは基本的に帝国主義に括られています。

「帝国主義」が何を意味するのかは議論が継続

しかしながら、他国の領土を侵略したり他国の人々を支配したりすることを、すべて帝国主義に括っていいのか議論が続いています。とくに帝国主義の定義を考えるときに、こんがらかってしまうのが植民地主義との違い。また、第一次世界大戦後のイタリアやドイツのファシズムも、他国の領土に侵攻する点では似ています。

そのため現在は、いろいろな現象を帝国主義と呼ぶ習慣が定着。まったく方向性が異なる政策や方針も帝国主義と呼ばれる状態になりました。そこで、世界中の研究者たちが帝国主義の定義について議論を続けていますが、はっきりと決着が付いているとは言えない状況です。

植民地主義と帝国主義の違い

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狭義の帝国主義は、19世紀末から20世紀初頭の欧米諸国の領土拡張の動きを指します。多くの人が混乱するのが、時期が重なる植民地主義と帝国主義。このふたつは、戦争や武力行為の程度、外交の観点の有無などから、、区別することができます

どのような関係で帝国を形成するのか?

植民地主義は、他国の領土を武力により争奪し、さらに利益を一方的に独占します。たとえば大航海時代から、アメリカ大陸にヨーロッパの先進国の人々が入植し、先住民の土地を一方的に取り上げて植民地を作りました。これは植民地主義になります。

アメリカ合衆国は、20世紀初頭になると、ラテンアメリカ諸国に勢力を拡大。このとき、合衆国はラテンアメリカ諸国の土地を取り上げることはしません。表面的には独立国として認めつつも影響力を持つ、それが帝国主義です。

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