今回は「溶血」というキーワードについて学んでいきたいと思う。

“血が溶ける”という字を書くが、いったいどんな現象なのでしょうか?聞きなれないかもしれないが、高校の生物でも出てくる単語です。その仕組みをしっかりと学習しよう。

今回も、大学で生物学を学び、現在は生物兼化学講師として活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

溶血とは

溶血とは簡単に言うと、赤血球が壊れてしまう現象のことを言います。

そもそも赤血球とは何でしょう?赤血球は私たちの血液中に存在し、酸素を運搬する役割を果たしている非常に重要な血球であるということは、皆さんご存じのとおりです。

1つ1つの赤血球は、それぞれが細胞膜に包まれた1つの細胞。つまり赤血球が壊れるということは、細胞膜が破れてしまい、細胞内の物質が外に流れ出てしまうことを意味します。

なぜ溶血が起きるのか

もともと赤血球の寿命は120日ほどであり、古くなったものは自然に脾臓で溶血=破壊されます。

それ以外にも、以下のような原因で予期せぬ溶血が起きてしまうのです。

物理的な原因

赤血球が形を保てなくなるくらいの物理的な刺激を与えることで溶血が引き起こされます。強い圧力をかけたり、遠心力を加えて赤血球にダメージを与えるのです。医療現場では、検査のため注射器で採血をするときにつよい圧力がかかり、溶血が引き起こされることもあります。

そして重要なのが、赤血球と赤血球が存在する溶液の間に生じる浸透圧の差です。浸透圧という力に差が生まれることが影響して、溶血が引き起こされることがあります。

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化学的な原因

細胞膜は、リン脂質という物質が2層になってできており、あぶらを溶かすような化学物質を触れさせると壊れてしまいます。

\次のページで「生物学的な原因」を解説!/

これはもちろん赤血球にも当てはまります。界面活性剤やせっけんなどが赤血球に触れてしまうと、溶血が引き起こされるのです。細菌などを殺菌する(=細菌などの細胞を破壊する)のと同じ原理ということになります。

生物学的な原因

前述のような化学物質ではなく、生物が作り出す抗体補体などのタンパク質が溶血を引き起こすこともあります。赤血球に結合することで、その細胞膜に孔をあけてしまう抗体などが知られているのです。

一部の細菌が作り出す毒素の中に、このような溶血を引き起こす機能をもったタンパク質が含まれていることがあり、これを溶血素とよびます。

浸透圧と溶血

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浸透圧とは

浸透圧とは、2種類の溶液が半透膜によってさえぎられているとき、溶液間の濃度差によって生じる圧力のことをいいます。

半透膜は小さな分子だけを通過させるような、とても微妙なサイズの孔がたくさんあいた膜のこと。例えば、砂糖水を入れておいたら砂糖の分子は通さないけど、水分子だけは通すといったような、限定的な物質の移動をさせることができます。

半透膜を介して2種類の溶液を接触させると、濃度の薄い方から濃い方に向かって溶媒分子(水分子など)が勝手に移動します。このときにみられる圧力が浸透圧。濃度差が大きいほど、後方へ勢いよく溶媒分子が移動していくため、浸透圧は大きくなります。

\次のページで「赤血球内の濃度≒溶液の濃度」を解説!/

赤血球内の濃度≒溶液の濃度

赤血球を、その細胞内と同じくらいの濃度になっている溶液に入れた場合。

赤血球の内外で浸透圧に差が生じないので、赤血球に変化は起こりません。半透膜の一種である細胞膜を介した水分子の出入りは起きますが、赤血球内から出ていく水分子の数と、赤血球に入っていく水分子の数が同じになるため、特に変化がみられないのです。

ヒトの場合、塩水であれば濃度0.9%が細胞内の溶液と同じくらいの濃度です。この濃度の塩水は生理食塩水とよばれ、ヒトの細胞内の溶液と同じくらいの濃度であることから、病院での点滴や組織洗浄など、医療現場などでも利用されています。また、傷口や目の洗浄に使いやすいため、薬局などでも販売されているんです。

赤血球内の濃度<溶液の濃度

赤血球内の溶液よりも、濃度の大きい(濃い)溶液に赤血球をつけた場合は、様子が変わります。水分子が濃度の小さい方(薄い方)から大きい方(濃い方)に移動するため、赤血球中から水分子が出て行ってしまうのです。

濃度差の大きい溶液中にほおっておくと、赤血球はみるみるしぼんでいき、しわしわになってしまいます。

赤血球内の濃度>溶液の濃度

赤血球を、細胞内よりも濃度小さい(薄い)溶液に入れたケースでは、濃い方から薄い方に向かって水分子が移動します。つまり、赤血球の周りから細胞内に向かって水分子が移動していき、赤血球がパンパンに膨れ上がってしまうのです。赤血球内外の濃度のバランスが取れるまでこの水分子の移動は続きます。

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周囲の溶液が赤血球内よりずっと濃度が小さいと、水分子の移動が続き、最終的には細胞膜が膨張に耐えられなくって破裂してしまいます。すなわち、溶血が起きるのです。

\次のページで「溶血を視覚的に確認する」を解説!/

わたしたちの日常生活でもこの“細胞と浸透圧の関係”を実際に感じられる場面があります。

真水で眼を洗ったり、傷口を水道水で洗ったときに痛みを感じることはないでしょうか?この痛みは眼や傷口の細胞内と水の間に濃度差があり、浸透圧が生じて急激な水分子の移動が起きてしまうためなんです。

前述の生理食塩水を眼にさしたり、生理食塩水で傷口を洗うと痛みは軽減されます。なぜならば、細胞内外の濃度差が少ないためです。

溶血を視覚的に確認する

通常血液を静置すると、上部には血清が集まり、赤血球などの細胞は重たいため下に沈みます。

一方、たくさんの赤血球が溶血してしまった血液を静置すると、溶血した赤血球内から出てきたヘモグロビンなどの成分が溶液中に拡散するため、静置した液体全体が赤っぽく染まることになるんです。

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Y tambe - Y tambe's file, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

赤血球が溶血してしまっていると、輸血用の血液などに供することができないため、なるべく赤血球を溶血させないように採取することはとても重要だといいます。

溶血に関連する病気

体内で溶血が引き起こされることで貧血の症状を呈する溶血性貧血という病気があります。酸素を運ぶ赤血球の数が少ないため、ふらついたり、息切れしたりしやすくなってしまう疾患です。

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溶血性貧血には先天性のものと後天性のものがあります。先天性の溶血性貧血は遺伝によって赤血球に異常が出ることなどが原因です。一方、後天性の溶血性貧血は、自分の免疫システムによって赤血球が攻撃されてしまうこと(自己免疫性疾患)や、薬剤の投与が原因になるものなどがあります。

「最近めまいがする」などのきになる症状があったら、医療機関(内科など)に相談にいき、診療をしてもらいましょう。

浸透圧と赤血球の状態をしっかりと抑えよう

浸透圧による赤血球の変化や溶血の仕組みは、高校生物基礎の中でも頻出問題になります。しっかりと関係を整理しましょう!

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タンパク質と生物体の機能理科生物

血が溶ける「溶血」ってどんな現象のこと?現役講師がわかりやすく解説!

今回は「溶血」というキーワードについて学んでいきたいと思う。

“血が溶ける”という字を書くが、いったいどんな現象なのでしょうか?聞きなれないかもしれないが、高校の生物でも出てくる単語です。その仕組みをしっかりと学習しよう。

今回も、大学で生物学を学び、現在は生物兼化学講師として活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

溶血とは

溶血とは簡単に言うと、赤血球が壊れてしまう現象のことを言います。

そもそも赤血球とは何でしょう?赤血球は私たちの血液中に存在し、酸素を運搬する役割を果たしている非常に重要な血球であるということは、皆さんご存じのとおりです。

1つ1つの赤血球は、それぞれが細胞膜に包まれた1つの細胞。つまり赤血球が壊れるということは、細胞膜が破れてしまい、細胞内の物質が外に流れ出てしまうことを意味します。

なぜ溶血が起きるのか

もともと赤血球の寿命は120日ほどであり、古くなったものは自然に脾臓で溶血=破壊されます。

それ以外にも、以下のような原因で予期せぬ溶血が起きてしまうのです。

物理的な原因

赤血球が形を保てなくなるくらいの物理的な刺激を与えることで溶血が引き起こされます。強い圧力をかけたり、遠心力を加えて赤血球にダメージを与えるのです。医療現場では、検査のため注射器で採血をするときにつよい圧力がかかり、溶血が引き起こされることもあります。

そして重要なのが、赤血球と赤血球が存在する溶液の間に生じる浸透圧の差です。浸透圧という力に差が生まれることが影響して、溶血が引き起こされることがあります。

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化学的な原因

細胞膜は、リン脂質という物質が2層になってできており、あぶらを溶かすような化学物質を触れさせると壊れてしまいます。

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