
HeLa細胞は誰の細胞か?
HeLa細胞について語るとき、その起源について言及しないわけにはいきません。HeLa細胞は自然に発生したわけではなく、“あるがん患者”から採取されたものであり、その背景には今の時代にも無視できない問題が転がっていたからです。
HeLa細胞のもともとの“持ち主”は、ヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks)というアメリカ・バージニア州に住む女性でした。細胞株の名前は彼女の名前からとられています。
1951年の2月、腹部に痛みを感じたヘンリエッタは病院を訪れました。彼女は子宮頸がんを発症していたのです。治療はうまくいかず、その年の10月にヘンリエッタは31歳で命を落としました。
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ヘンリエッタのはじめの治療の際、医師は本人に了承を得ないまま、彼女のがん細胞を採取していました。
採取された細胞が培養され始めると、研究者たちは驚きます。ヘンリエッタからとられた細胞は、それまでのヒトの培養細胞よりも増殖力が強く、細胞の老化も見られないのです。実験で用いるのに最適な、あたらしいヒトの培養細胞株が誕生したことに研究者たちは歓喜しました。採取した患者が特定できないようHeLa細胞と名付けられたこの培養株は、前述の通り世界中で利用されるようになります。
しかしながら、HeLa細胞のもとの持ち主であるヘンリエッタ・ラックスは、自身の体の一部が実験に使われることなど知らないまま亡くなっていますよね。現代であれば倫理的に大問題となるでしょう。
1971年、ある科学誌で「HeLa細胞はヘンリエッタ・ラックスという女性から採取されたものだ」ということが公表されます。そしてヘンリエッタの死から20年以上たち、彼女の子どもがその存在を知ることになったのです。
「自分たちの母親の体の一部だったものが、知らないうちに世界中で実験に使われている」という事実は、衝撃的なものだったでしょう。HeLa細胞は医学の発展に大きく寄与しましたが、ヘンリエッタの家族はそれまで何も知りませんでした。

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ヘンリエッタの子どもたちは、母親の功績を正当に評価するよう声をあげただけでなく、医療の研究現場で得られるデータの倫理的な使用を求める活動などを行うようになりました。
HeLa細胞のゲノム情報が解明された後は、そのデータの公開をやめることをもとめ、データを削除させることにも成功しています。
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