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グロズヌイとして恐れられた「イヴァン4世(イヴァン雷帝)」の生涯を歴女が5分で解説!

よぉ、桜木建二だ。今回は16世紀のロシアに君臨したリューリク朝のイヴァン(イワン)4世についてだ。彼は公式で初めてツァーリの称号を使った皇帝として知られているんだ。

それじゃあイヴァン4世の生涯をヨーロッパの歴史に詳しいまぁこと一緒に解説していくからな。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/まぁこ

ヨーロッパ史が好きなアラサー歴女。特にヨーロッパ王室に興味があり、関連書を愛読中。今回は16世紀のロシアを治めたリューリク朝の雷帝こと、イヴァン4世について解説していく。

1 イヴァン4世とは?

image by iStockphoto

イヴァン4世は16世紀のモスクワ公国の大公だった人物。更に1547年に正式に皇帝としてツァーリの称号を使って戴冠し、その後ロシア領土を拡大させたことでも知られています。しかし彼の国内政治は貴族らを弾圧し、人々を虐殺するという恐怖政治を行ったことでも有名。それではまずは彼の幼少期の様子を見ていきましょう。

1-1 クレムリンで誕生した雷帝

イヴァン4世は、1530年の8月にモスクワのクレムリンで誕生。父はヴァシーリー3世で、彼には後継者がいなかったことから、息子の誕生をとても喜んだそう。しかし父ヴァシーリーはイヴァンの母エレナを迎えるにあたり、先妻と離婚した経緯がありました。この時2人の離婚に反対した正教会の総主教が「邪悪な息子を持つだろう」と予言したそう。なんとも不吉ですね。ちなみにイヴァン4世のあだ名が雷帝と呼ばれているのは、生まれた日に雷鳴が轟いたことから。また他には、雷のごとく突然怒り恐怖政治を行ったことからとも言われています。

1-2 わずか3歳で即位

父ヴァシーリーが1533年に死去すると、わずか3歳のイヴァンがモスクワ大公として即位することに。当然3歳の幼い大公では統治できないため、摂政に母エレナが就きます。更にオボレンスキー公の援助を受けて政務を行うことに。ところが母エレナが1538年に亡くなると、貴族らが権力を求めて政治は混乱。8歳となったイヴァンは彼らから冷遇されることに。この時の経験から、彼が疑り深くて苛烈な性格になったのではないかと言われています。ちなみにイヴァンは、勉強はとてもよくできて信仰深い一面も。しかしその一方で鳥などを虐殺や仲間と共に市内を暴れまわるなどの残虐な面も見せました。

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この時イヴァンの家庭教師を担ったマカリーはロシア正教会のモスクワ府主教でもあったんだ。当時の正教会は権威が下がり弱体化したため、イヴァンを教会の強力な保護者とするために大公としての教育ではなく、皇帝(ツァーリ)としての教育を行ったそうだ。

2 ツァーリの称号を名乗った最初の皇帝

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アレクサンドル・リトフチェンコ[1] originally uploaded to Wikipedia by Ghirlandajo on 2 February 2005, パブリック・ドメイン, リンクによる

ツァーリという称号は、イヴァン4世の祖父、イヴァン3世も一時期使っていました。しかし正式にツァーリとして戴冠式を行ったのは雷帝からでした。ここではそんなイヴァン4世の政治について見ていきましょう。

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