今回は「バイオハザード」というキーワードについて学んでみよう。

ゲームや映画で使われていることから、この言葉を聞いたことがある人は多いと思う。もともと生物学や医療の研究現場で使われる言葉なのですが、本来の意味まで理解しているやつは少ないのではないでしょうか?

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

バイオハザードとは?

生物学や医学の研究現場で使うバイオハザード(Biohazard)という言葉。これは、「bio-(生物の)」+「hazard(危険)」という構成からもわかる通り、生物に関する危険性を表す言葉です。日本語では「生物学的危害」、もしくは生物によって引き起こされる災害を指して「生物災害」と訳されます。

バイオハザードの例

バイオハザード(生物学的危害)を引き起こす可能性は、研究現場のさまざまなところにあります。

例えば、細菌やウイルス、寄生虫などをあつかう実験室。取り扱いを間違えると研究者が感染してしまい、犠牲者が出ることがあります。また、研究室外に危険な微生物が漏洩してしまう可能性も考えられますね。病原菌の研究が本格的に始まった19世紀後半から、このような事故は実際に起きています。

例えば、1979年に旧ソ連の生物兵器研究所から炭疽菌(炭疽菌)という細菌が漏洩する事故がありました。炭疽菌は炭疽症という、命にかかわる病気を引き起こす、とても危険な細菌です。

そんな炭疽菌が街中に広がってしまい、96名が感染。そのうちの66名が死亡しています。細菌やウイルスは目に見えないものだからこそ、バイオハザードを防ぐためには厳重な管理が必要になるのです。

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近年新しくバイオハザードの可能性が指摘されているのが、遺伝子組み換えなどを行った実験体です。遺伝子を人工的にコントロールした生物が、環境や動物、人間にどんな影響を及ぼすか、完全にはわかっていません。細菌やウイルス同様、しっかりとした管理が必要となるため、研究者たちは一定のルールのうえで取り扱うことにしているのです。

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じつは、私たちの身近なところにもバイオハザードは存在しているんです。皆さんが病院で血液検査や注射を受けるとき、血の付いたガーゼなどは指定された場所に捨てるよう指示されませんか?

人の血液には感染症を引き起こすウイルスなどが存在している可能性があります。片付けの際に不用意に触れてしまうことのないよう、血液や体液のついたゴミを分けることで、バイオハザードをコントロールしているのです。

\次のページで「バイオハザードのマーク」を解説!/

バイオハザードのマーク

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Japan Ministry of Health, Labour and Welfare. JPG translating Akaniji. - http://wwwhourei.mhlw.go.jp/cgi-bin/t_document.cgi?MODE=hourei&DMODE=CONTENTS&SMODE=NORMAL&KEYWORD=&EFSNO=417&PAGE=1&FILE=&POS=0, パブリック・ドメイン, リンクによる

バイオハザードが考えられる廃棄物や保管容器、実験室や研究施設などには、バイオハザードのマークや既定のラベルなどを表示することが定められています。バイオハザードの種類によって色や様式が決まっており、各研究機関は厳格にルールを順守しているんです。

バイオハザード対策

「封じ込め」

バイオハザードが広がらないようにする措置のことを「封じ込め」といいます。細菌やウイルスなどの微生物が漏洩しないようにとられる、さまざまな対応策をイメージしてみましょう。

研究者が実験に使う微生物を体内に取り込まないようにするためには、手袋やマスク、白衣の着用などで身を守ります。実験施設によっては、微生物を隔離して取り扱う設備や、滅菌器具などを使用するでしょう。これらのように、微生物が拡散しないよう物理的に防ぐ手法を「物理的封じ込め」といいます。

image by Study-Z編集部

また、万一物理的封じ込めがうまくいかず、微生物が漏洩してしまうことがあっても、実験に用いる微生物がシャーレの外や試験管の外で生存することができなければ、拡散は最小限に防ぐことができます。

このように、「実験の場以外では生存できない」というような、生物の性質を封じ込めに利用する手法が「生物学的封じ込め」です。

リスクによる微生物の分類

バイオハザードの原因となる生物の中でも、細菌やウイルスなどの微生物は、種類によってヒトや動物の健康に害を与える可能性があります。一方で、実験現場ではヒトや動物に無害な微生物や、病気を引き起こさせる可能性が低いものをあつかうことがあるのも事実です。

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そこで、微生物の危険性を大きく4つの段階(リスク群1~リスク群4)に分け、それぞれの危険性に応じて実験設備や取り扱い(物理的封じ込め)の規則を変えるという方法がとられています。日本でよく参照されるのは、国立感染症研究所が定めた分類です。

リスク群1(「病原体等取扱者」及び「関連者」に対するリスクがないか低リスク)
  …ヒトあるいは動物に疾病を起こす見込みのないもの。

リスク群2(「病原体等取扱者」に対する中等度リスク、「関連者」に対する低リスク)
  …ヒトあるいは動物に感染すると疾病を起こし得るが、病原体等取扱者や関連者に対し、重大な健康被害を起こす見込みのないもの。また、実験室内の曝露が重篤な感染を時に起こすこともあるが、有効な治療法、予防法があり、関連者への伝幡のリスクが低いもの。

リスク群3(「病原体等取扱者」に対する高リスク、「関連者」に対する低リスク)
  …ヒトあるいは動物に感染すると重篤な疾病を起こすが、通常、感染者から関連者への伝幡の可能性が低いもの。有効な治療法、予防法があるもの。

リスク群4(「病原体等取扱者」及び「関連者」に対する高リスク)
  …ヒトあるいは動物に感染すると重篤な疾病を起こし、感染者から関連者への伝幡が直接または間接に起こり得るもの。通常、有効な治療法、予防法がないもの。

『病原体等安全管理規程(改訂第三版)』(国立感染症研究所)より抜粋

 

例えば、国立感染症研究所の基準に従うと、インフルエンザウイルスはリスク群2、エボラウイルスや天然痘ウイルスは最も危険性の高いリスク群4に分類されています。他にも日本細菌学会などが定めた分類などもあるようです。

バイオセーフティレベル(BSL)

リスクの高い微生物をあつかうほど、実験室や実験手順にも厳しいルールが求められます。「実験室や研究所がどの程度の設備を備え、どのレベルのリスク群の微生物をあつかえるか」を示しているのがバイオセーフティレベル(BSL)です。

バイオセーフティレベルは1~4までの4段階。それぞれが取り扱える微生物のリスク群に対応しています。例えば、リスク群2に分類される微生物をあつかいたい場合、その実験室はバイオセーフティレベル2(BSL-2)以上であると認められていなくてはなりません。

それぞれのバイオセーフティレベルで必要な実験室の基準は、基本的に世界共通になっています。バイオセーフティレベル4(BSL-4)の施設は世界中でもあまり多くなく、日本でも数えるほどしかないが現状です。

各種法律

病原性のある細菌やウイルスによる感染症対策として、日本には感染症法(正式名称:感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)という法律があります。

感染症法では危険性や伝播力などをもとに感染症を分類するとともに、病原体に汚染された場所の消毒や、死体の移動制限などが規定されているのです。医療現場で重要な法律ですが、これもバイオハザードに関連する法律といってよいでしょう。また、感染症廃棄物の処理に関しては廃棄物処理法が関わっています。

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遺伝子組み換え生物などの扱いが規定されている法律で代表的なものが、カルタヘナ法(正式名称:遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)です。遺伝子組み換え実験などに用いる生物を規制しています。

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研究は厳しいルールのもと行われている。

生物学や医学の現場で研究をしたことがない人にとって、病原性のある細菌やウイルスをあつかう実験は恐ろしいものに見えるでしょう。たしかに、誤った手順や扱いをすれば、身に危険が及ぶこともないわけではありません。

しかしながら、実験者の安全を守り、周辺環境へ影響を及ぼさないよう努めることが何よりも重要であることは、研究者自身がよくわかっています。そのために、今回ご紹介したような厳しいルールや法律があるのです。

バイオハザードを防ぐためにとられているさまざまな対策を知り、第一線で研究している方々の実験に思いをはせていただければと思います。

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理科生態系生物

「バイオハザード」の本来の意味とは?現役講師がわかりやすく解説!

今回は「バイオハザード」というキーワードについて学んでみよう。

ゲームや映画で使われていることから、この言葉を聞いたことがある人は多いと思う。もともと生物学や医療の研究現場で使われる言葉なのですが、本来の意味まで理解しているやつは少ないのではないでしょうか?

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

バイオハザードとは?

生物学や医学の研究現場で使うバイオハザード(Biohazard)という言葉。これは、「bio-(生物の)」+「hazard(危険)」という構成からもわかる通り、生物に関する危険性を表す言葉です。日本語では「生物学的危害」、もしくは生物によって引き起こされる災害を指して「生物災害」と訳されます。

バイオハザードの例

バイオハザード(生物学的危害)を引き起こす可能性は、研究現場のさまざまなところにあります。

例えば、細菌やウイルス、寄生虫などをあつかう実験室。取り扱いを間違えると研究者が感染してしまい、犠牲者が出ることがあります。また、研究室外に危険な微生物が漏洩してしまう可能性も考えられますね。病原菌の研究が本格的に始まった19世紀後半から、このような事故は実際に起きています。

例えば、1979年に旧ソ連の生物兵器研究所から炭疽菌(炭疽菌)という細菌が漏洩する事故がありました。炭疽菌は炭疽症という、命にかかわる病気を引き起こす、とても危険な細菌です。

そんな炭疽菌が街中に広がってしまい、96名が感染。そのうちの66名が死亡しています。細菌やウイルスは目に見えないものだからこそ、バイオハザードを防ぐためには厳重な管理が必要になるのです。

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近年新しくバイオハザードの可能性が指摘されているのが、遺伝子組み換えなどを行った実験体です。遺伝子を人工的にコントロールした生物が、環境や動物、人間にどんな影響を及ぼすか、完全にはわかっていません。細菌やウイルス同様、しっかりとした管理が必要となるため、研究者たちは一定のルールのうえで取り扱うことにしているのです。

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じつは、私たちの身近なところにもバイオハザードは存在しているんです。皆さんが病院で血液検査や注射を受けるとき、血の付いたガーゼなどは指定された場所に捨てるよう指示されませんか?

人の血液には感染症を引き起こすウイルスなどが存在している可能性があります。片付けの際に不用意に触れてしまうことのないよう、血液や体液のついたゴミを分けることで、バイオハザードをコントロールしているのです。

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