今回のテーマは毒殺です。毒殺とは毒を使って行う殺人のことです。歴史を見ると毒殺は紀元前から幾度も行われ、特定の相手を狙うだけでなく不特定多数を狙った無差別殺人にも使われている。

ヒトの体に良い薬でも飲みすぎれば毒となってしまう。化学を理解し、化学物質と上手に付き合うためには毒についての理解も必要です。そこで今回は毒とは何か、過去に起きた毒殺事件はどんな事件だったかを元家庭教師のリケジョ、たかはしふみかが説明していきます。

ライター/たかはし ふみか

化学部員だった高校生の時、タリウムを使って女子高生が母親を殺害しようとする事件がおきた。同じく化学部の少女が起こした事件に衝撃を覚える。この事件から化学は面白くもあり、時に危険もあることを学び、危険物や毒劇物の取り扱いの資格を持つ取得したリケジョ。

毒ってなんだ?

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毒殺について学ぶ前に、そもそも毒とは何かから確認していきましょう。 

毒の定義

そもそも毒とはどんなもののことを言うのでしょうか?毒とは生物の生命活動に不都合を起こす物質のことで、特に少量で危険なもののことを指します。極端な例を出すと水だって大量に飲むと死につながりますが(水中毒)、水は毒とは言いませんね。

このように生命に危険を及ぼす性質を毒性、毒性を持つことを有毒といいます。

日本の法律で定義された毒物と劇物

日本の法律で定義された毒物と劇物

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毒物、劇物について定めた「毒物及び劇物取締法(毒劇法)」。それによると大人が誤飲した時の致死量が2g以下のものが毒物、2~20g程度のものが劇物とされています。劇物よりも毒物の方が危険なのです。

ちなみに試薬には危険物、という分類もありますがこちらは火災に繋がる危険性から分類されているものであり、人体への影響とは関係ありません。

毒と薬の違い

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毒と薬のちがいはなんでしょうか?薬(医薬品)とはヒトや動物の診断、治療、予防のために使うものです。「薬も過ぎれば毒となる」という言葉があるように、薬も飲みすぎれば体に悪影響(副作用)を起こします。

例えば解熱剤であるアスピリン。水疱瘡やインフルエンザの15歳以下は注意する必要があります。それはライ症候群という副作用があるからです。嘔吐や悪夢、昏睡を招き最悪の場合は死を招くこともあります。また薬の過剰摂取を防ぐために飲み合わせに気を付けなくてはなりません。

\次のページで「毒殺とは」を解説!/

毒殺とは

毒殺とは読んで字のごとく毒を使って殺すことです。毒殺は飲食物に混ぜるだけで簡単に行えるため、世界中の皇帝や君主が毒殺を防ぐために奴隷や臣下が毒見(毒味)をしてきました。日本でも平安時代には宮中で毒見薬(薬子)がいたそうです。

毒殺の歴史は古く、古代から狩で動物を殺したり敵を倒すために行われてきました。ローマ帝国の頃からも毒殺は行われていて、20世紀にはヒ素やシアン化物がよく使われるようになったのです。

毒殺に使われる毒

過去の事件にでは次のような物質が毒殺に使われています。

青酸カリ(KCN)

ドラマでもよく登場する青酸カリはシアン化カリウムのことです。シアン化物とはCN-というシアン化物イオンを持った物質のことを指します。なぜ青酸カリが危険かというと、胃酸と反応して青酸ガスは発生するからです。この青酸ガスによって呼吸障害が引き起こされます。よく青酸カリを飲むと遺体からアーモンド臭がすると言いますが、このアーモンド臭は青酸ガスによるよるものです。どんな臭いか気になりますが、二次災害につながるので嗅いではいけません。

パラコート

除草剤に含まれていて、腎不全などの重篤な状態を引き起こすパラコート。もともとは劇物に指定されていましたが、中毒死する人が多くいたために1978年に毒物となりました。解毒剤が無く、対処療法(症状を軽減させる療法)するしかありません。1985年には1000人以上がパラコートの中毒で亡くなっています。当時売られていた製品の濃度は一口飲めば確実に亡くなるほどだったそうです。

トリカブト

日本三大有毒生物のひとつ(ドクウツギ、ドクゼリ)。嘔吐、呼吸困難、腎不全から死に至ります。即効性があり、摂取数十秒で死に至ることもあるのです。わざと食べさせるだけでなく、セリやヨモギと似ているため、間違って食べる誤食事故もあります。またはちみつや花粉による中毒もあるので養蜂家は注意が必要。トリカブトは毒性を弱めて漢方にも使われていますが、専門的な知識がなければ扱うのは困難です。

フグ毒

フグの毒はテトロドキシンといい、1~2㎎で死に至る猛毒の物質として知られています。誤って食べる危険性があるため、フグの調理には注意が必要です。

日本の毒殺事件

昭和、平成の時代に起きた毒殺事件をいくつかご紹介します。

日本初、青酸カリによる殺人

1935年に日本で初めて青酸カリを使った殺人が起きました。男が喫茶店で待ち合わせた校長に青酸カリ入りの紅茶を飲ませ、校長が持っていた給料を盗んだのです。

遊ぶ金欲しさに金を盗んだ犯人はその日のうちに逮捕され、翌年に死刑が決定し、その翌年に死刑が執行されています。この頃は青酸カリは薬局でも購入できましたが、その危険性は工場で青酸カリを使う人々ぐらいしか知りませんでした。そしてこの事件をきっかけにその危険性が広まり、青酸カリを使った自殺者が増えたそうです。

予防薬と偽って飲ませた青酸化合物、帝銀事件

1948年に起きた青酸化合物による毒殺事件。営業は終わったばかりの帝銀に厚生省技官を騙る男がやってきて近くで赤痢が発生したからと予防薬と偽って青酸化合物を飲ませました。それによって12人が死亡します。

犯人は現金16万円と小切手を盗むも混乱で犯人を捕まえることはできず、小切手も換金されてしまいました。その後犯人と思われる人物が逮捕され自供するもその後無罪を主張。死刑が確定するも死刑が執行されないまま1987年に95歳で病死しました。

名張毒ぶどう酒事件

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1961年に三重県で起きたこの事件。集落の懇親会で農薬を混ぜたぶどう酒(ワイン)を飲んだ17人が中毒となり、5人が亡くなりました。愛人関係の持ちれを解消するために起こしたものとして当時35歳の男性が逮捕され死刑判決が出るも本人は冤罪を訴えます。そして無罪を訴えたまま89歳で獄死しました。

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宇都宮毒入りジュース事件

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1962年に起きたこの事件は、自分の父親を殺そうとして関係のない近所の子どもを殺してしまうという何とも痛ましい事件でした。犯人は自分の父親に飲ませるつもりで道に毒入りのジュースを6個置いたのです。そのうちふたつは犯人の家族が拾うも飲まず、残り4つは近所の家の家族が飲み、3人の子供が犠牲となりました。

飲料に青酸化合物が混入!無差別殺人事件

1977年1月から2月半ばに起きた無差別殺人事件。東京でシアン化ナトリウム(青酸ソーダ)が混入された飲料を拾って飲んだ男子高校生を皮切りに無差別連続殺人事件が起こります。2人が青酸化合物が混入した飲料を拾って飲んでことによって亡くなりました。3つの目の事件では大阪で起こり、被害者も拾った飲料を飲んで意識不明になりますが一命を取り留めます。しかし、事件が続く中、そんな飲料を飲んでしまって恥ずかしいと自殺してしまいました。

その後、青酸化合物が混入したチョコレートが東京駅などで2回見つかります。ひとつは拾ってすぐに警察に届けたため被害者は出なかったものの、もうひとつは拾った人が食べてしまいましたが命に別状はありませんでした。それ以前にも不審なチョコが東京駅に置かれていたそうですが、このチョコレートと飲料を使った無差別殺人事件の関係は不明です。

この事件は犯人が捕まっておらず、動機も不明なままとなっています。

迷宮入り、パラコート連続殺人事件

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1985年の4月から11月にかけて起きたこの事件。全国各地で起きたこの事件は、自販機にあった飲み物を置き忘れと思って飲んだらパラコートやジクワットが混ざっていたというものでした。この頃パラコートが含まれた除草剤は、18歳以上なら手続きをして購入することができたのです。

34件で13人が亡くなりますが犯人が捕まっていないため、同一犯による犯行かは不明。判明しているだけでも3件の模倣犯による犯行がありました。また自作自演のものも起きています。

まるで小説のアリバイトリック、夫が妻を狙うトリカブト保険金殺人事件

1986年に起きた保険金殺人ではトリカブトが使われました。夫婦での旅行の予定が急用で夫が帰った後に妻が死亡するという事件が起きたのです。保険金をかけてすぐの妻の死に保険会社は保険金の支払いを保留します。

それから5年後、別件で夫が逮捕され保険金殺人が疑われました。そこで司法解剖を担当した教授が保管していた血液からトリカブトに含まれるアコニチン、フグ毒に含まれるテトロドトキシンが検出。夫がトリカブトやフグを大量に購入していたこともあり、殺人と詐欺未遂で逮捕されました。

アコニチンは即効性があるのに妻が苦しみだしたのはふたりが分かれてから1時間半以上たってからでした。そのため夫は容疑を否定。しかしアコニチンとテトロドトキシンはお互いの効力を弱め合うことから、お互いに効力を消し合っていたふたつの毒のうち体に残りにくいテトロドキシンが無くなって残ったアコニチンによって妻は亡くなったのです。毒を飲んでから数時間生きていた妻。推理小説に出てきそうなアリバイトリックが実際に行われたという衝撃的な事件でした。

松本サリン事件・地下鉄サリン事件

今までは口から飲み物や食べ物と一緒に摂取する毒殺事件でしたが、こちらは毒ガスによる無差別殺人事件です。神経ガスのサリンを吸い込んだことで死傷者が出た事件で松本サリン事件では7人、地下鉄サリン事件では13人が犠牲となりました。

化学兵器が無差別に使われたこの事件。特に地下鉄サリン事件は世界でも類を見ない化学兵器を使った無差別テロとして世界に衝撃を与えました。

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和歌山カレー事件

1998年に地域の夏祭りのカレーにヒ素が混ぜられる事件が発生。カレーを食べた67人が中毒症状を起こしうち4人が亡くなりました。食中毒かと思いきや嘔吐物の検査でヒ素が混ぜられていたことが判明。

この事件の犯人として祭の準備に参加していた地元の主婦と夫が逮捕されています。この事件を題材にした小説も出版されました。

女子高校生とタリウム

母親に劇物であるタリウムを飲ませ、その体調の変化をブログにアップするという衝撃的な事件が2005年に起こります。彼女は化学部の実験で使うと薬局で劇物を購入したり、猫を毒殺したり、さらにはハムスターに毒性がある物質を飲ませてその耐性を調べさらに解剖までしたそうです。そして薬局でタリウムを購入し、母親に飲ませてその経過を観察していました。

歴史から見る毒殺、毒と薬は表裏一体

強い毒性を持つ物質を購入し管理するには資格が必要です。この資格は大学で化学を学べば簡単に取ることができます。しかし毒は入手しようと思えば野に生えた植物からも入手でるのです。

市販の薬も使い方を誤れば毒となってしまいます。毒を飲んでしまったときの対処方法や医薬品の開発のためには毒に関する知識を持つことは必要です。そして、過去の悲惨な事件が繰り返されないよう毒劇物への危険な面をしっかりと理解しなくてはいけませんね。

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化学

毒とは?「毒殺事件」にはどんなものがあった?元家庭教師がわかりやすく解説

今回のテーマは毒殺です。毒殺とは毒を使って行う殺人のことです。歴史を見ると毒殺は紀元前から幾度も行われ、特定の相手を狙うだけでなく不特定多数を狙った無差別殺人にも使われている。

ヒトの体に良い薬でも飲みすぎれば毒となってしまう。化学を理解し、化学物質と上手に付き合うためには毒についての理解も必要です。そこで今回は毒とは何か、過去に起きた毒殺事件はどんな事件だったかを元家庭教師のリケジョ、たかはしふみかが説明していきます。

ライター/たかはし ふみか

化学部員だった高校生の時、タリウムを使って女子高生が母親を殺害しようとする事件がおきた。同じく化学部の少女が起こした事件に衝撃を覚える。この事件から化学は面白くもあり、時に危険もあることを学び、危険物や毒劇物の取り扱いの資格を持つ取得したリケジョ。

毒ってなんだ?

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毒殺について学ぶ前に、そもそも毒とは何かから確認していきましょう。 

毒の定義

そもそも毒とはどんなもののことを言うのでしょうか?毒とは生物の生命活動に不都合を起こす物質のことで、特に少量で危険なもののことを指します。極端な例を出すと水だって大量に飲むと死につながりますが(水中毒)、水は毒とは言いませんね。

このように生命に危険を及ぼす性質を毒性、毒性を持つことを有毒といいます。

日本の法律で定義された毒物と劇物

日本の法律で定義された毒物と劇物

image by Study-Z編集部

毒物、劇物について定めた「毒物及び劇物取締法(毒劇法)」。それによると大人が誤飲した時の致死量が2g以下のものが毒物、2~20g程度のものが劇物とされています。劇物よりも毒物の方が危険なのです。

ちなみに試薬には危険物、という分類もありますがこちらは火災に繋がる危険性から分類されているものであり、人体への影響とは関係ありません。

毒と薬の違い

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毒と薬のちがいはなんでしょうか?薬(医薬品)とはヒトや動物の診断、治療、予防のために使うものです。「薬も過ぎれば毒となる」という言葉があるように、薬も飲みすぎれば体に悪影響(副作用)を起こします。

例えば解熱剤であるアスピリン。水疱瘡やインフルエンザの15歳以下は注意する必要があります。それはライ症候群という副作用があるからです。嘔吐や悪夢、昏睡を招き最悪の場合は死を招くこともあります。また薬の過剰摂取を防ぐために飲み合わせに気を付けなくてはなりません。

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