現代社会

働く女性「職業婦人」が就いた職種は?仕事内容や現代への影響を元大学教員がわかりやすく解説

よぉ、桜木建二だ。「職業婦人」は昭和初期にあらわれた職業に就く女性の総称。男性社会であった当時の日本で、彼女たちはデパートやバスツアーなどの西洋に由来するサービス業で活躍した。会社で実用的な仕事をする女性社員やファッションモデルの先駆けとも言えるだろう。

それじゃ、当時の「職業婦人」がどこで、どのように社会進出を果たしたのか、時代の最先端を駆け抜けた彼女たちのモダンな姿を、日本史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。日本の歴史をたどるとき「職業婦人」を避けて通ることはできない。主に昭和初期に活躍した彼女たちは、日本のサービス業の草創期を支えた存在だ。そこで「職業婦人」が従事した仕事内容を一覧化して詳細に解説する。

「職業婦人」となったのは時代の最先端を行く女性たち

image by PIXTA / 27165550

「職業婦人」とは昭和初期にあらわれた働く女性たちのこと。なかでも時代の最先端を行くモダンでおしゃれな女性たちのことを「職業婦人」と呼びました。「職業婦人」は、当時の時代の最先端を行く、世の女性たちの憧れの存在だったのです。

「職業婦人」のキーワードはモダンガール

「職業婦人」について理解する過程で、キーワードとなるのがモダンガール。これまでの日本の伝統とは異なるタイプの女性です。モダンガールの特徴は、西洋のライフスタイルを積極的に取り入れていること。おしゃれな洋服を着こなし、髪の毛はボブスタイル。海に行けば水着で男性の注目を集めました。

また「モダンガール」は、男性とデートをしたり、週末にパーティーを楽しんだり、お酒を飲んだりと自由奔放な一面も。そのため、昔からの風習を重んじる人からは「不謹慎」と思われました。モダンガールたちは西洋に由来する華やかなサービス業に従事するように。そこから「職業婦人」という言葉が生まれます。

『婦人倶楽部』などの雑誌の表紙を彩る時代の「華」

モダンガールにファッションやライフスタイルの情報を提供したのが女性向けの雑誌。そのような雑誌のひとつが講談社の『婦人倶楽部』です。大正9年に創刊されて人気の雑誌のひとつに成長。『主婦の友』『婦人公論』『婦人画報』と共に4大女性雑誌のひとつとなりました。

女性向け雑誌が提供する情報は、家計簿のつけ方、裁縫の仕方、料理など、家事に関わるものが中心。家で家事をする女性のための情報がメインでした。昭和初期になると、表紙にモダンガールのモデルが登場するように。モダンガールは時代を彩る「華」となりました。

よく「職業婦人」は女性の社会進出の先駆けと言われます。「職業婦人」は外で働く女性のことを指しますのが、これまで日本の女性は働いていなかったわけではありません。江戸時代、商いを担っていたのは女性。男性はむしろ外で遊びほうけてしました。また、女性教師は明治初期から存在ます。農業や漁業においても女性は重要な働き手。「職業婦人」は、新しく登場したサービス業にて働く女性と捉えた方がいいかもしれませんね。

no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

「モダンガール」が生き生きと描かれた小説が谷崎潤一郎の小説『痴人の愛』だろう。『痴人の愛』主人公であるナオミは、週末には男性とのデートやパーティーを楽しむ魅惑的な女性。文庫本も出版されているので、近くにあるライブラリーで検索してみてくれ。

「職業婦人」の職業1:ウェイトレス

image by PIXTA / 15679028

「職業婦人」が就いた職業のひとつがウェイトレス。働く場所は西洋風の食事やコーヒーを提供するレストランや喫茶店でした。レストランと喫茶店は、西洋風の食事や飲み物の大衆化を一気に推し進めた場所。いわば、新しい食文化の情報発信基地といえるでしょう。

\次のページで「洋食メニューが発案されたレストランで活躍」を解説!/

次のページを読む
1 2 3 4
Share: