坪内逍遥の文芸協会演劇研究所の第1期生に抜擢
整形後、彼女は念願の俳優養成学校入学が叶います。そして東京俳優養成所の日本史講師であった前沢誠助と結婚。女優と並行して結婚生活が始まります。しかしながら、須磨子の女優人生が順調にすすむにつれて、夫婦のあいだに溝が生じてきました。
決定的となったのが、須磨子が坪内逍遥の文芸協会演劇研究所第1期生に抜擢されたこと。逍遥は、演劇改良運動の中心人物である大物劇作家です。須磨子は女優としての活動が忙しくなり、家事がおろそかになったことから、離婚することになりました。
運命のパートナー島村抱月と出会った松井須磨子
不明 – 毎日新聞社「昭和史 第3巻」より。, パブリック・ドメイン, リンクによる
着々と女優としての階段を上がり、松井須磨子は運命の男性と出会います。それが島村抱月。坪内逍遥と行動を共にし、演劇改良運動に取り組んでいた作家です。ただ、抱月には妻がいたことから須磨子は愛人という位置づけ。そのためスキャンダルの対象となりつづけました。
島村抱月は新劇運動を推進した劇作家
島村抱月は現在の早稲田大学である東京専門学校を卒業。「早稲田文学」や読売新聞の記者を経て母校の講師になります。早稲田大学の留学生としてイギリスやドイツの大学に留学。帰国後は早稲田大学の教授となり、自然主義文学運動の中心人物として活躍しました。
坪内逍遥と一緒に文芸協会を設立した抱月は、新劇運動の中心人物のひとりとして活躍するようになります。しかしながら松井須磨子とのスキャンダルが逍遥の怒りを買い、文芸協会のみならず早稲田大学も去ることになりました。
新劇運動とは、ヨーロッパスタイルの演劇を目指す日本の演劇運動のこと。同時の日本の演劇は2種類ありました。それが歌舞伎を意味する旧劇、そして書生芝居の伝統を付け継ぐ新派です。それに対して新劇運動は、ヨーロッパの芸術的な演劇を持ち込むことで、2つとは異なる演劇テーマやスタイルを確立することを目指しました。
『人形の家』の主人公ノラ役が大当たりした松井須磨子
女優松井須磨子の注目度が一気に上がったのが1911年に上演された『人形の家』。須磨子は主人公のノラを演じて高く評価されました。新劇運動のシンボルとして知名度を上げた須磨子は、坪内逍遥のもとを破門された抱月と共に、次のステージにすすみます。
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