
スイスのチューリッヒでダダイズムを創立
そこでトリスタン・ツァラは、仲間と一緒にスイスのチューリッヒに拠点を移し、そこでダダイズム運動を創設するに至ります。彼らがダダの実践の拠点としたのが「キャバレー・ヴォルテール」。ドイツ人文学者であるフーゴー・バルがつくったキャバレーで、そこには各国からの亡命者が集まりました。
トリスタン・ツァラは「キャバレー・ヴォルテール」にて、言語の存在を無意味にしてしまうような過激なパフォーマンスを実践。世界中の芸術家たちに大きな衝撃を与えます。そのひとりが後のシュルレアリスムの創始者となるアンドレ・ブルトンでした。
ダダイズムは人間の理性に疑問を投げかける

ダダイズムの基本的な精神は人間の理性を信頼しないこと。人間が認識するすべては、理性を介したものにすぎません。ダダのアーティストたちは、知らず知らずのうちに影響を与えている理性を、いかに剥ぎ取るのかに情熱を注ぎます。
ダダイストは反戦系と風刺系に分かれる
ダダイストの一つの流れは戦争にたいする批判精神。自分の国の政策に疑問をもち、芸術家によっては反逆的な存在と見なされている人もいました。当初、ダダのアーティストはスイスのチューリッヒに集まりますが、実質、亡命であったケースも少なくありません。
常識とされているもの、権威的なもの、伝統的なものを風刺することも、ダダイズムの作品の大きな特徴です。のちに紹介するマルセル・デュシャンのように、創作テーマを「便器」にする、名画として名高いモナリザに「髭」を描くなど、挑発的であると同時にユーモラスな作品も生まれました。
写真の芸術的可能性を高めたのもダダイストたち
同時に、芸術の手段としての可能性が未知数であった写真を積極的に活用したのもダダの芸術家たちです。ダダイズムに括られる写真家が発展させたのがコラージュ的な手法。写真の用語で「フォトモンタージュ」と言われることもあります。
「フォトモンタージュ」は、写真を切り貼りした作品、多重露光などの技術を取り入れた作品のことです。「フォトモンタージュ」は、ダダイズムからシュルレアリスムに引き継がれ、さらにはロシアで独自の発展をとげることになります。
ニューヨーク・ダダの中心的アーティスト
By siddarth_hanumanthu – Own work, CC BY-SA 4.0, Link
世界中に波及したダダイズム運動ですが、その中心となった場所がニューヨークです。ニューヨーク・ダダには、マルセル・デュシャンやマン・レイなど、ダダイズムを代表するアーティストが活躍しました。ニューヨークはダダの代表的場所と言ってもいいでしょう。
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