逆コース
このようにしてGHQは日本の民主化を進めていきましたが、その状況を一変させたのが冷戦です。1945年に始まった冷戦はソ連が共産主義国を世界中に広めようとしたことで拡大していき、その影響を受けた日本は国内で共産主義が広まっていきました。
日本の民主化においてそれは深刻な事態であり、そこでGHQは共産主義者を抑制するため公職追放した人々を復帰させるなどの対策をとります。しかしそれは目指すべき日本の民主化・非軍事化に対してむしろ逆光する動きとなってしまい、これを逆コースと呼びました。
その結果、GHQが目的・課題としていた日本の非軍事化はなかったものとなり、日本では警察予備隊や海上保安庁が設立されることになります。ちなみに、警察予備隊は後に自衛隊となる存在で、冷戦対処の末に起こった逆コースによって日本は再び軍を所持したのでした。
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7年間の支配の終わり
1950年のこと、朝鮮戦争において日本は物資を送ったことで好景気が訪れ、戦後の不景気を完全に払拭して経済大国への成長が期待されます。そんな日本に対してアメリカは独立させることを考えており、西側諸国の一員とさせたい気持ちがありました。
そこで、1951年にアメリカは日本との間に講和条約となるサンフランシスコ平和条約を結びます。ちなみに、サンフランシスコ平和条約に調印したのは1951年ですが、発行したのは1952年のこと。こうして、戦後占領された日本はとうとう主権を取り戻して西側諸国の一員となったのです。
サンフランシスコ平和条約によって日本は朝鮮半島や台湾を放棄、さらにアメリカによる沖縄や小笠原諸島の支配を認めました。そして、日本が主権を取り戻したということは日本への支配が終わることであり、そのためサンフランシスコ平和条約の締結と同時にGHQも廃止されたのです。
そもそもGHQとは何なのかをしっかり覚えよう!
GHQを覚えるポイントは、そもそもGHQとは何かをしっかりと理解することです。ポツダム宣言で記された内容の実行する上で日本を統治する必要があり、そのために誕生した組織がGHQになります。
また、GHQが行った政策を覚えることも重要で、日本国憲法の作成や五大革命指令はいずれも現在につながっていることです。そして、GHQは1952年のサンフランシスコ平和条約の締結によって廃止されました。






