今回は「ティンバーゲンの4つのなぜ」について学習していこう。

そもそも君は「ティンバーゲンの4つのなぜ」について聞いたことがあるでしょうか?生物学の授業ではあまり出てこないキーワードかもしれない。しかしながら、この「4つのなぜ」を知っておくと勉強や研究、仕事など、実生活で問題を解決する際に役立つことがあるんです。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

生物学者ティンバーゲン

「4つのなぜ」のお話に入る前に、これを提唱したティンバーゲンという人物についてみておきましょう。

ニコラス・ティンバーゲン(Nikolaas Tinbergen)は著名なオランダの生物学者です。20世紀の動物行動学をリードし、鳥類を動物行動学の分野で大きな成果をあげました。

Lorenz and Tinbergen1.jpg
Max Planck Gesellschaft - Max Planck Gesellschaft/Archiv First upload: 15:41, 16. Nov. 2007 by User:Gerbil, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

ティンバーゲンの実験でよく知られているのが、トゲウオの一種であるイトヨの行動を観察したものです。繁殖期の雄のイトヨの前に、雌のイトヨを模した模型を置き、どのような刺激が雄の繁殖行動を引き起こすのかを明らかにしました。

彼はイトヨ以外にも、カモメやジガバチなどについても研究を行っています。当時の研究者たちと力を合わせ、本能や刺激といった動物の行動の一端を明らかにしていきました。

1973年には「個体的および社会的行動様式の組織化と誘発に関する研究」として、コンラート・ローレンツカール・フォン・フリッシュとともにノーベル生理学・医学賞を受賞したほどの研究者です。

「ティンバーゲンの4つのなぜ」

生物学者は地球上のあらゆる生物について研究を行いますが、研究者によってそのアプローチの仕方はさまざまです。

例えば今、「ヒトはなぜ5本指を動かせる手をもっているのか?」というテーマが与えられているとします。この疑問への答えは、以下のようなものが考えられるでしょう。

A. 胎児のときに腕が発達し、指の間の細胞がアポトーシス(細胞死)することで5本の指になる。

B. 手や指には数多くの筋肉が存在し、強靭な腱とともに複雑に配置されることで細かな動作を可能になる。腕から手に向かっては正中神経という太い神経が伸び、指を動かす筋肉を支配している。

C. 魚から両生類への進化の過程で前肢ができ、陸上で体を支える腕になった。哺乳類の中から霊長類が誕生すると、一部に二足歩行をするものが現れ始め、手を自由に使えるようになった。指の数は生き物によって異なる。類人猿も5本の指をもつが、人の手は親指が他の指と対抗しており、物を握ることに長けている。

D. 手のひらと細い5本の指を自在に操ることで、道具をうまく使うことができ、生存に有利に働いた。

\次のページで「4つのアプローチの分類」を解説!/

このように、生物のある機能や行動について“なぜその生物がその機能をもっているのか”、“なぜそのような行動をするのか”という疑問には、4つの方面からアプローチできる、というのが「ティンバーゲンの4つのなぜ(Tinbergen's four questions)」とよばれる提言です。

4つのアプローチの分類

この4つのアプローチについて、もうすこし詳しく考えてみましょう。

前述の「ヒトはなぜ5本指を動かせる手をもっているのか?」という疑問に対する、A~Dの説明は、次のように一般化して言い換えることができます。

A. 個体が発生(成長)していく中で、どのようにしてその機能ができていくのか

B. どのようなメカニズムでその機能がはたらくのか

C. 進化の過程でなぜその機能が変化したのか

D. なぜ現在その機能をもっているのか

このうち、AとBは機能ができるしくみやメカニズムに着目しており、英語で言うならばHowに対する答えといえます。

一方、CとDはその機能が存在している理由に着目していて、同じく英語で表現すればWhyに対する回答です。

ティンバーゲンは、AとBをProximate view(至近要因)、CとDをUltimate view(究極要因)というグループにまとめました。

image by iStockphoto

さらに、この4つはどのような時間の幅で考えるかによって、別の分類ができます。

AとCは時間の経過の中で機能が変化していく点に着目していますが、BとDはある時点における機能のはたらきや理由が取り上げられているのです。

ここから、ティンバーゲンはAとCの考え方をDynamic view(動的)、BとDの考え方をStatic view(静的)に分類しました。

以上の分類方法をまとめると、以下のようにあらわすことができます。

\次のページで「「4つのなぜ」はどうして大切なのか?」を解説!/

image by Study-Z編集部

このような枠組みに分類された4つの考え方は、それぞれ「個体発生(発達)」、「メカニズム(機構)」、「系統発生(進化)」、「機能(適応)」と名付けられています。

「4つのなぜ」はどうして大切なのか?

前述の例からもわかる通り、どんな視点でその生物を研究するかによって、その疑問への説明や回答は全く異なるものになります。別々の方面からアプローチをする学者同士が議論をしても、話がかみ合わずに終わってしまう可能性があることは、なんとなく想像していただけるでしょう。

image by iStockphoto

ティンバーゲンが、大きく4つのアプローチがあることを研究者たちに示したことで、それぞれの問題に対する視点の違いを意識できるようになったのです。

また、自分の研究テーマを決める際に「4つのどの方面からアプローチするか」をあらかじめはっきりさせておくことも大切だと考えられるようになりました。

image by iStockphoto

「ティンバーゲンの4つのなぜ」は最近、ビジネスの現場などにも応用されています。

例えば「ずっと話し合っているのに、なぜか結論が出ない…」という場合。同じテーマについて議論しているつもりであっても、話し合いの参加者がそれぞれ異なる視点に立っている可能性があります。異なる専門分野の人々が集まっているような場面ではなおさらです。

ひとつの論点に対して複数のアプローチの仕方があることをお互いが理解し、どこがずれているのかを整理しましょう。HowやWhyという視点の違いや、どんな時間の幅について考えているのかを意識してみてください。話し合いをスムーズに進めるヒントが見つかるかもしれません。

「4つのなぜ」を意識して、建設的な議論を!

ご覧いただいた通り、「ティンバーゲンの4つのなぜ」は日常生活にも大変応用が利く考え方です。

SNSなどではよく、1つの問題に対して別々の方向からアプローチしているせいでまとまらなくなってしまっている喧々諤々の議論をみかけます。第三者としてみると互いの意見の食い違いにも気づきやすですが、当事者だとなかなか難しいもの。そんなときには落ち着いてティンバーゲンを思い出し、互いの視点の違いを探してみましょう。

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理科生物生物の分類・進化

「ティンバーゲンの4つのなぜ」とは?現役講師がわかりやすく解説!

今回は「ティンバーゲンの4つのなぜ」について学習していこう。

そもそも君は「ティンバーゲンの4つのなぜ」について聞いたことがあるでしょうか?生物学の授業ではあまり出てこないキーワードかもしれない。しかしながら、この「4つのなぜ」を知っておくと勉強や研究、仕事など、実生活で問題を解決する際に役立つことがあるんです。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

生物学者ティンバーゲン

「4つのなぜ」のお話に入る前に、これを提唱したティンバーゲンという人物についてみておきましょう。

ニコラス・ティンバーゲン(Nikolaas Tinbergen)は著名なオランダの生物学者です。20世紀の動物行動学をリードし、鳥類を動物行動学の分野で大きな成果をあげました。

Lorenz and Tinbergen1.jpg
Max Planck Gesellschaft – Max Planck Gesellschaft/Archiv First upload: 15:41, 16. Nov. 2007 by User:Gerbil, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

ティンバーゲンの実験でよく知られているのが、トゲウオの一種であるイトヨの行動を観察したものです。繁殖期の雄のイトヨの前に、雌のイトヨを模した模型を置き、どのような刺激が雄の繁殖行動を引き起こすのかを明らかにしました。

彼はイトヨ以外にも、カモメやジガバチなどについても研究を行っています。当時の研究者たちと力を合わせ、本能や刺激といった動物の行動の一端を明らかにしていきました。

1973年には「個体的および社会的行動様式の組織化と誘発に関する研究」として、コンラート・ローレンツカール・フォン・フリッシュとともにノーベル生理学・医学賞を受賞したほどの研究者です。

「ティンバーゲンの4つのなぜ」

生物学者は地球上のあらゆる生物について研究を行いますが、研究者によってそのアプローチの仕方はさまざまです。

例えば今、「ヒトはなぜ5本指を動かせる手をもっているのか?」というテーマが与えられているとします。この疑問への答えは、以下のようなものが考えられるでしょう。

A. 胎児のときに腕が発達し、指の間の細胞がアポトーシス(細胞死)することで5本の指になる。

B. 手や指には数多くの筋肉が存在し、強靭な腱とともに複雑に配置されることで細かな動作を可能になる。腕から手に向かっては正中神経という太い神経が伸び、指を動かす筋肉を支配している。

C. 魚から両生類への進化の過程で前肢ができ、陸上で体を支える腕になった。哺乳類の中から霊長類が誕生すると、一部に二足歩行をするものが現れ始め、手を自由に使えるようになった。指の数は生き物によって異なる。類人猿も5本の指をもつが、人の手は親指が他の指と対抗しており、物を握ることに長けている。

D. 手のひらと細い5本の指を自在に操ることで、道具をうまく使うことができ、生存に有利に働いた。

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