日本史歴史飛鳥時代

飛鳥時代に天皇を凌ぐ権力を持った「蘇我蝦夷」を元塾講師が分かりやすく5分で解説

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朝廷も天皇も無視する蘇我蝦夷と蘇我入鹿、これにはさすがに人々の不満も高まっていった。ただ、天皇すら凌ぐほどの権力を持つ蘇我氏を引きずりおろすのは難しく、そこで対抗勢力として期待されたのが山背大兄王だ。

打倒蘇我氏に向けた流れ

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蘇我入鹿の暴挙

蘇我蝦夷と蘇我入鹿は共に権力を握っていたものの、蘇我蝦夷に至っては既に大臣を息子の蘇我入鹿に譲っていました。そんな蘇我入鹿が焦ったのが対抗勢力となる山背大兄王の存在で、ここで蘇我入鹿の勇み足の性格が災いしてとんでもない行動に走ってしまいます。

それは643年のこと、山背大兄王に危機感を抱く蘇我入鹿は突如山背大兄王を襲撃して妻子もろとも自殺に追い込み、その上で古人大兄皇子を次期天皇に推薦したのでした。蘇我入鹿としては、権力の高さを活かして邪魔者を排除したつもりかもしれませんが、この暴挙に対して蘇我蝦夷は蘇我入鹿を叱りつけます。

「お前の行動は命を危うくする」……蘇我蝦夷が危惧したとおり、山背大兄王殺害によって蘇我氏に反発する声は急激に高まっていきました。これまで誰もが蘇我氏に従ってきましたが、それが蘇我氏は排除すべきという流れへと変わりつつあり、蘇我入鹿の行動は自らの首を絞めることになったのです。

中大兄皇子と中臣鎌足の出会い

ここに1人の人物がいます。その人物は天皇を凌ぐほどの権力を持つ蘇我氏に不満を持っており、蘇我氏による独裁体制にも危機感を抱いていました。その人物が理想としたのは天皇中心の律令国家で、それは大国・唐に対抗できるほどの強い日本を作り上げるためでした。

しかし、蘇我氏が実権を握る現状では律令国家実現は叶わぬ夢であり、実現するためには蘇我氏を倒すしかないとその人物は考えていたのです。そしてその人物とは中臣鎌足、彼は律令国家を実現するための中心人物を探していて、そこで目をつけたのが中大兄皇子でした。

飛鳥寺の蹴鞠会にて、2人は運命的な出会いを果たします。当時蹴鞠に夢中だった中大兄皇子の靴が脱げてしまい、中臣鎌足はそれを拾って中大兄皇子に渡したそうです。皇族の身でありながらも中大兄皇子の丁寧な態度に中臣鎌足は感動、2人の関係はここから始まりました。

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山背大兄王を死に追いやった蘇我入鹿だが、この暴挙が災いして蘇我氏排除の声が高まっていく。中中臣鎌足は以前から蘇我氏の独裁政治に不満と危機感を持ち、蘇我氏を倒そうと考えていた。そんな中、中臣鎌足と中大兄皇子が出会った。

蘇我氏の滅亡

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shintomoyui0311