日本史歴史縄文時代

「記紀」に残る初代天皇「神武天皇」を歴史オタクがわかりやすく5分で解説

すべての民族が持つ神話

以上が日本神話における天地創造の物語です。

世界がどのようにして生まれたのか、どのような経緯で王が生まれたのかを記した物語は、日本だけでなく世界中の民族が持っていますよね。

ギリシャ神話にインド神話、各地に残る伝説は、その土地がどのようなところで、そこで生きる人々がどのようにして生まれたのか、そして、どうしてその土地で暮らす権利があるのかを説明し、証明するものなのです。

no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

「記紀」で語られる日本神話によって、神話のイザナギノミコトの子孫の天皇家が王となる正当性を証明しているんだぞ。

2.日本の紀年法

image by PIXTA / 10395130

「西暦」が日本で使われはじめたのはいつ?

現在使われている「西暦」はイエス・キリストが誕生したとされる年を元年としていますね。そして、その年より前を「紀元前」、その年よりあとを「紀元後」といい、「BC(Before Chirist)」や「AD(Anno Domini)」なとど何気なく省略されて使われているのを日本史や世界史の教科書や授業で見た人も多いと思います。

「西暦」が日本で使われるようになったのは明治時代。明治維新後に政府は西洋文化を倣う過程で採用されたのです。

では、「西暦」が採用される前の日本の暦はどのように数えられていたのでしょうか?

明治以前の日本では、実は「西暦」のように、ある年を基準にして年数を数える「紀年法」というものはありませんでした。その代わりに、「元号」や「干支」を使っていたのです。

日本の紀年法「皇紀」

神武天皇は畝傍橿原宮(現在の奈良県橿原市)を都とし、そこで即位したとされています。『日本書紀』によると、それは「辛酉の年の一月一日」のこと。「西暦」に照らし合わせると紀元前660年の2月11。これに基づいて、現代では2月11日を「建国記念日」としているのです。

また、「西暦」を採用した際に、明治政府は神武天皇の即位日を紀元とする「皇紀」を制定します。しかし、戦後になると「皇紀」はほとんど使われなくなり、日本政府の公文書でも見かけなくなりました。

余談ですが、今年(2020年)を「皇紀」に置き換えると2680年となります。

no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

普段、何気なく使っている「西暦」だが、日本で公式に使われ始めたのは1872年(明治5年)。今から約150年前とけっこう最近のことだ。それと同時に、神武天皇即位を紀元にした「皇紀」も制定した。まあ、最近はもっぱら西暦と元号を混合して使うばかりだがな。

ついでに豆知識だが、西洋で初めて西暦が使われたのは525年。ただし、一般に広く普及したのは15世紀以降とかなりのタイムラグがあるぞ。

次のページを読む
1 2 3 4
Share:
riri_ririco