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5分で分かる「百年戦争」英エドワード3世が仕掛けた戦争を歴女がわかりやすく解説!

よぉ、桜木建二だ。今回は14世紀のイギリス王とフランス王が王位を争った「百年戦争」についてだ。事の発端はイギリス国王が自分の母がカペー朝出身であることを理由にフランスの王位継承を主張したことから始まったんだ。

それじゃあ百年戦争の詳細やその後の2国はどうなったのかをヨーロッパ史に詳しい歴女のまぁこと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/まぁこ

ヨーロッパ史好きのアラサー歴女。特にハプスブルク家やヴァロワ家など各国の王家に関する書籍を愛読している。今回は14世紀に起こった百年戦争について解説していく。

1 百年戦争の背景には何があったのか?

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百年戦争とは1339年に起こったイギリスとフランスの戦争。しかし正確にこの百年戦争をみれば、イギリス(イングランド)の王家とフランスの王家が争い、両王家の対立に各国の諸侯らが参戦した戦いのこと。つまり国家同士の戦争ではなく、あくまでも王家同士の争いという位置付けです。ここでは分かりやすくするため、あえてイギリスとフランスと表記して両者の戦争の経緯を見ていきましょう。

1-1 百年戦争のきっかけはエドワード3世の王位継承要求

フランスでは10世紀後半から1328年までをカペー朝が治めていました。しかしカペー朝の最後の君主、シャルル4世が死去したことで、彼のいとこであるフィリップ6世が即位。

しかしこのフィリップ6世がヴァロワ朝を興すと、それに異議を唱える声が。イギリスのプランタジネット朝エドワード3世です。彼の母がカペー朝出身だったため、フランスの王位継承権を主張することに。一度はフィリップ6世の即位を認めましたが、それを取り消します。更に1339年にフランスに侵入したことで戦争が始まりました。

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血縁関係ではヴァロワ朝を興したフィリップ6世よりも、シャルル4世の娘イザベルを母に持つエドワードが近いな。しかしフランスではサリカ法によって女系の王位継承権は認められていなかったんだ。フランスの三部会ではフランスで生まれたことを理由にフィリップ6世が国王として認められたため、彼は「拾われっ子の国王」と呼ばれ、王権強化に苦労することになったんだ。

1-2 両者の思惑

百年戦争が起こったきっかけはエドワード3世がフランスの王位継承権を主張してフランスに対して戦争を仕掛けたこと。しかしこの戦争の背景には2つの領地を巡る対立がありました。

イギリスはフランスのギエンヌ地方を領有しており、この地はワインの生産地として有名。ところがこの地をフランス王が支配しようとしたため両者が対立することに。他にもフランドルを巡って両者は対立。イギリスは豊かなフランドルに羊毛を輸出して利益を上げていたため、フランスがフランドルを直接支配下に治めることを阻止したい考えがあったのです。

2 百年戦争へ

こうして始まった百年戦争はどのような経緯で進んでいったのでしょうか。それでは見ていきましょう。

2-1 クレシーの戦い 

クレシーの戦い
ジャン・フロワサール – From Chapter CXXIX of Jean Froissart’s Chronicles, example source at http://www.maisonstclaire.org/resources/chronicles/froissart/book_1/ch_126-150/fc_b1_chap129.html, パブリック・ドメイン, リンクによる

百年戦争はフランスのジャンヌ・ダルクが現れるまでイギリスの優勢が続きました。1346年にはクレシーの戦いが起こることに。これはイギリスのエドワード黒太子の活躍によって勝利を収めます。クレシーの戦いではイギリス側は長弓兵を駆使したことが勝因。この長弓兵は1分間に6回も矢を放つことができたそう。またイギリス側は初めて大砲を用いた戦術で戦争の歴史の中では画期的となることに。

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