この記事では「すべからく」について解説する。

すべからくの意味は「当然~するべき」ですが、間違った使い方をしている人がかなりの数いるらしいのです。

言葉の誤用はけっこう恥ずかしいからな。この機会にきちんと覚えておくといい。

風光明媚な山奥の大学で国文学を学んだ長屋創を呼んである。一緒に「すべからく」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/長屋 創

源氏物語に魅せられて国文学科に入学するも、そこで出会った近松浄瑠璃にひとめぼれ。紫式部を冷たく捨てた不義理なライター。今は近松の目を盗んで泉鏡花にアプローチ中。短所は熱しやすく冷めやすいところ。

「すべからく」の意味や語源・使い方まとめ

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「すべからく」は間違った使い方をされている言葉の代表格です。少し古い資料になりますが、平成22年度の文化庁の調査によると、およそ4割近くの日本人が誤った使い方をしています。このまま誤用派が勢力を強め、正統派に取って代わるようなことがあれば、貴重な日本文化の喪失。まさに由々しき事態です。なにより、誤解されたまま不遇をかこっている「すべからく」の身の上が気の毒でなりません。「すべからく」の処遇改善、日本語としての正当なる地位の復権を実現させるために、どうかしばらくお付き合いください。

「すべからく」の意味は?

「すべからく」の正しい意味はこちらです。

[副]《動詞「す」に推量の助動詞「べし」の付いた「すべし」のク語法から。漢文訓読による語》多くは下に「べし」を伴って、ある事をぜひともしなければならないという気持ちを表す。当然。ぜひとも。「学生は須く学問を本分とすべきである」

出典:デジタル大辞泉(小学館)

【須らく】(副)〔文〕①当然(すべきことには)。「―奮起すべきだ」②〔あやまって〕すべて。「―正直を旨(ムネ)としている」

出典:三省堂国語辞典 第七版 広島東洋カープ仕様(三省堂)

つまり、「すべからく」+「べし(べき)」のセットが典型的な使い方で、「当然のことながら〇〇すべきである」「是非とも〇〇すべきである」という意味になるわけですね。上記のデジタル大辞泉の例文でいえば、「学生は当然のことながら(是非とも)学問を本分とすべきである」となります。

「すべからく」を漢字で書くと「須らく」です。須は必須の須。必須科目とは当然履修するべき科目のことですよね。「すべからく」の意味が分からなくなったときは、「必須科目」を思い出してください。「当然~すべき」の公式が自然に浮かんでくるはずです。

次に「すべからく」の由来について見ていきましょう。

\次のページで「「すべからく」の由来は?」を解説!/

「すべからく」の由来は?

「すべからく」は漢文由来の言葉です。「須」は再読文字のひとつで「べし」を予告するもの。再読文字とは、その名の通り2回読む文字ですね。高校で習ったのを覚えていますか?「すべからく~べし」という読み方は、訓読する際に生み出されました。文法的には動詞の「す」+助動詞の「べかり」=「すべかり」のク語法で「すべからく」となります。ク語法、覚えてますか?

「すべからく」の誤用について

冒頭で、約4割の日本人が「すべからく」の意味を間違って解釈していることが文化庁の調べで明らかになった、と述べました。間違いのほとんどは、「すべからく」を「すべて」「みな」「総じて」と理解しているというものだったそうです。先に引用した『三省堂国語辞典』の2項に〔あやまって〕とありましたね。

なるほど、「すべからく」を「すべて」と勘違いするのは語音からして無理もなさそうに思われます。「古代語の『すべからく』が時代を経て現在の『すべて』に変わったんやで~」などともっともらしくいわれたら、「やっぱりな。そうじゃないかと俺もうすうす感づいてた」と納得してしまいそうですものね。

しかし、間違いの要因は音が似通っていることだけではなさそうだ、と調査を行った文化庁は述べています。なかなか興味深い分析なので、少し長くなりますが引用してみましょう。

 真に実在さるべきものは,かかる醜悪不快の現実でなく,すべからくそれを超越したところの,他の「観念の世界」になければならぬ。(萩原朔太郎 「詩の原理」 昭和3年)
 (中略)ここでは,「真に実在するものは,当然のこととして,現実にではなく,現実を超越した「観念の世界」にあるべきものである。」ということが述べられています。Aは当然Bにある,というとき,Aは全てBにある,と考えることもできるでしょう。この場合なら,「真に実在さるべきもの」は,全て「観念の世界」にある,と言い換えても,考え方それ自体は間違っていません。「すべからく」を「全て,皆」という意味で受け取ってしまっても,違和感が生じにくいのです。
 これは,「すべからく~べきだ」という典型的な語形をとっている場合にも同様です。例えば,世論調査で挙げた文,「学生はすべからく勉学に励むべきだ。」はどうでしょう。「学生は,当然のこととして,勉学に励むべきだ。」という文意からすれば,「全ての学生は,勉学に励むべきだ。」ということも言えることになり,意味的につながってしまうのです。このように,「すべからく」は,意味的にも「全て,皆」と受け取られやすいところがあると言えそうです。

(出典:文化庁月報 平成24年7月号(No.526)より抜粋)

さすがは文化庁文化部国語科、非常に論理的で明快な文章です。もはや、私が付け加えることはなにもありません。

参考までにご紹介しておきましょう。「すべからく」の誤用に関して、かの博覧強記の文学者、澁澤龍彦氏が自身の著書の中で怒りを込めて言及しています。ある有名な演出家の著作を槍玉に挙げて痛快に論じていますので、興味があれば是非一読なさってみてください。『太陽王と月の王』(河出書房新社)という本です。

「すべからく」の使い方・例文

それでは、正しく使われている「すべからく」の例文をいくつか見ていきましょう。

\次のページで「「すべからく」の他に間違いやすい言葉はある?」を解説!/

・徳をつかんと思はば、すべからく、先づ、その心遣ひを修行すべし。(徒然草 第217段)

・よく人材技能を鑑別し、すべからく適材を適所に配すべし。(岩崎家(三菱)の家訓より抜粋)

・人間世界を通じて行われる愛の法則の第一条にはこうあるそうだ。——自己の利益になる間は、すべからく人を愛すべし。——人間の取り扱が俄然豹変したので、いくら痒くても人力を利用する事は出来ん。(『吾輩は猫である』夏目漱石)

「すべからく」という言葉の性質上、どうしても堅苦しい例文ばかりになってしまいました。「すべからく」に馴染んで欲しい私としては、とっつきにくい印象をあなたに与えるのは本意ではありません。そこで僭越ながら私が、【5秒で覚える「すべからく」】をコンセプトに例文をこしらえてみましたのでどうぞご笑覧ください。

・ジャワカレーはすべからく辛くあるべし

補足致しますと、ジャワカレーというのは「さわやかな辛さと香りが楽しめるカレー」で、キャッチフレーズも「深い味わい、さわやかな辛さ」「さわやかな大人の辛さ」「大人は辛口」とあるぐらいですから、当然のことながら辛くあるべきカレーなのです。甘いジャワカレーなど言語道断もってのほか。あるまじきことです。まずこのことをしっかりと頭に叩き込んだ上で、例文を暗唱してください。そうすれば、「すべからく」の意味がすんなりと胃の腑に落ちるという仕組みになっています。

このジャワカレーメソッド、「すべからく」の意味がどうしても思い出せないという非常の際に是非ともご活用ください。手順を整理しますと、「すべからく」の意味を忘れてしまった→「必須科目」を思い出す→「必須科目」が出てこない→「ジャワカレーはすべからく辛くあるべし」を思い出す→「ああ、そうか!」という流れですね。

「すべからく」の他に間違いやすい言葉はある?

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あくまでも私の知り合いの誤用で一般的ではないかもしれませんが、間違いの例を一つご紹介します。

\次のページで「「いみじくも」」を解説!/

「いみじくも」

「いみじくも」は「感心するほどうまく」や「みごとに」という意味です。「秋の陽は釣瓶落とし、とは昔の人はいみじくもいったものだ」のように使います。ところが、この正月にいただいた知人からの年賀状にはこうありました。「〇〇君の奥様とわたしの妻が、いみじくも中学の同級生と知って大変驚いています」と。おそらく彼は「偶然にも」といいたいのだと思います。それをいうなら「奇しくも」ですよ、と教えてやるのが友情なのか、黙っているのが思いやりなのか、いまだに答えは出ていません。

「すべからく」の英訳は?

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最後に「すべからく」を英語でいうと、どのようになるでしょうか。

「As a matter of course」

オフコース。これは有名ですね。「当然のことながら~」「もちろん~」の意味です。

ちなみに私のスマホ翻訳アプリで「すべからく」を英訳しましたところ、「Everything」と出ました。ブルータスおまえもか!の心境になったものです。

「すべからく」を正しく使いこなそう

今回は「すべからく」について見てきました。今の令和の時代、あまり見かけなくなった「すべからく」が存在しようがしまいが、我々の生活になんら支障をきたすことはありません。

しかし、時代とともに消え去ってゆくたくさんの言葉がある中で、「すべからく」は悠久の時間を超えて生き残ってきました。言葉は文化です。文化とは国を形作るもの。正しく受け継ぎ、そして継承することが今を生きる我々の務めではないでしょうか。きっと、それこそが最もラジカルな文学的行為であると私は信じています。

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国語言葉の意味

【慣用句】「すべからく」の意味や由来は?使い方や例文を国文学修士ライターがわかりやすく解説!

「すべからく」の由来は?

「すべからく」は漢文由来の言葉です。「須」は再読文字のひとつで「べし」を予告するもの。再読文字とは、その名の通り2回読む文字ですね。高校で習ったのを覚えていますか?「すべからく~べし」という読み方は、訓読する際に生み出されました。文法的には動詞の「す」+助動詞の「べかり」=「すべかり」のク語法で「すべからく」となります。ク語法、覚えてますか?

「すべからく」の誤用について

冒頭で、約4割の日本人が「すべからく」の意味を間違って解釈していることが文化庁の調べで明らかになった、と述べました。間違いのほとんどは、「すべからく」を「すべて」「みな」「総じて」と理解しているというものだったそうです。先に引用した『三省堂国語辞典』の2項に〔あやまって〕とありましたね。

なるほど、「すべからく」を「すべて」と勘違いするのは語音からして無理もなさそうに思われます。「古代語の『すべからく』が時代を経て現在の『すべて』に変わったんやで~」などともっともらしくいわれたら、「やっぱりな。そうじゃないかと俺もうすうす感づいてた」と納得してしまいそうですものね。

しかし、間違いの要因は音が似通っていることだけではなさそうだ、と調査を行った文化庁は述べています。なかなか興味深い分析なので、少し長くなりますが引用してみましょう。

 真に実在さるべきものは,かかる醜悪不快の現実でなく,すべからくそれを超越したところの,他の「観念の世界」になければならぬ。(萩原朔太郎 「詩の原理」 昭和3年)
 (中略)ここでは,「真に実在するものは,当然のこととして,現実にではなく,現実を超越した「観念の世界」にあるべきものである。」ということが述べられています。Aは当然Bにある,というとき,Aは全てBにある,と考えることもできるでしょう。この場合なら,「真に実在さるべきもの」は,全て「観念の世界」にある,と言い換えても,考え方それ自体は間違っていません。「すべからく」を「全て,皆」という意味で受け取ってしまっても,違和感が生じにくいのです。
 これは,「すべからく~べきだ」という典型的な語形をとっている場合にも同様です。例えば,世論調査で挙げた文,「学生はすべからく勉学に励むべきだ。」はどうでしょう。「学生は,当然のこととして,勉学に励むべきだ。」という文意からすれば,「全ての学生は,勉学に励むべきだ。」ということも言えることになり,意味的につながってしまうのです。このように,「すべからく」は,意味的にも「全て,皆」と受け取られやすいところがあると言えそうです。

(出典:文化庁月報 平成24年7月号(No.526)より抜粋)

さすがは文化庁文化部国語科、非常に論理的で明快な文章です。もはや、私が付け加えることはなにもありません。

参考までにご紹介しておきましょう。「すべからく」の誤用に関して、かの博覧強記の文学者、澁澤龍彦氏が自身の著書の中で怒りを込めて言及しています。ある有名な演出家の著作を槍玉に挙げて痛快に論じていますので、興味があれば是非一読なさってみてください。『太陽王と月の王』(河出書房新社)という本です。

「すべからく」の使い方・例文

それでは、正しく使われている「すべからく」の例文をいくつか見ていきましょう。

\次のページで「「すべからく」の他に間違いやすい言葉はある?」を解説!/

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