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中国最大の建造物『万里の長城』の歴史を中国史マニアがわかりやすく解説

『万里の長城』の実績とは?

 『万里の長城』がその効果を最も発揮したのは、北方の遊牧民族に対してでした。

 巨大な建造物でありながらも、実は低いところでは2m程度しかない箇所もあるのです。通常の歩兵の進軍に対しては『長城』自体を利用した戦地ででもなければ、この2mという差はあまり効力を発揮しないでしょう。

 しかし、騎馬を利用していた遊牧民族には、そもそも歩兵という概念自体がありませんでした。ただの進軍でも『長城』を超え進軍するのは容易なことではなかったのでしょう。

 この『万里の長城』を利用し、最も繁栄をすることが出来たのが『漢』でした。実際に『漢』の時代の『長城』は、7930kmに達したと言われ、中国史上最長だったのです。

 同時に、『万里の長城』は交易の地として利用された側面もあります。北方の民族は家畜を使った畜産に優れ、南方の民族は作物を育てる農耕に優れていたのです。お互いの利益が一致したのでしょう、『長城』沿いにはいくつもの交易所が設けられ、盛んに取引が行われていました。

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なるほど、『万里の長城』が本当に完成したのは『明』の時代なんだな。現在でも多くの観光客が訪れ、登っても安全が保たれているのは、作られたのが比較的新しいから、今現在でも改修が行われているから、と考えられるんだな。

そして、『万里の長城』は交易所としても機能していた。まさに中国の繁栄を象徴する建造物だな。

『万里の長城』を利用しなかった時代もある?

 『漢』の時代に最盛期を迎えた『万里の長城』ですが、その後はこれを大きく利用した王朝と、全く利用しなかった王朝とに分かれます。

 利用した王朝の時代は、『長城』をさらに延長するための建築を行ったり、侵攻や防御の拠点に使用したのです。なにより人の出入りがあったため、荒廃することもありませんでした。

 しかし、『長城』を利用しなかった王朝は、資金も人材も投入しなかったため、それらの王朝末期の『長城』は、ずいぶんと荒れ果ててしまったようです。

 特に長く放棄されていたのは、『唐』の時代から『五代十国』や『宋』の時代でした。『唐王朝』は618年から、『宋王朝』は1279年まで、これを考えると600年以上も放棄されていた時代があったのです。

 その後『金』の時代から、再び利用が始まりその後の『明』に引き継がれ、『万里の長城』は現在まで残っていきました。

時代の流れと共に『万里の長城』は放棄された

image by iStockphoto

 『明王朝』で、具体的に『長城』の利用が再開されたのは、3代皇帝「永楽帝」(えいらくてい)です。

 永楽帝が『長城』防衛に乗り出した理由は、必要に迫られて、でした。永楽帝の時代に首都を『北京』に遷都したのです。北京といえば、中国本土でも相当『北』の方に位置しています。ここから導き出される答えは、まさに北方遊牧民族への備えです。

 しかし、永楽帝は『長城』を利用しながらも、積極的な建造は行っていませんでした。実際に本格的な『長城』の改修、建造、移転を行ったのは、5代皇帝「宣徳帝」(せんとくてい)だったのです。

 それまで『長城』を利用しながらも、前線部隊を常に配置しつつ防衛していた形から、『長城』単体でも防衛が可能になるように高さを増し、幅を増やし、そして頑丈にしていきました。

 今現在でも、北京の近くに『長城』がある、ということはもう勉強しましたね。遊牧民族の進軍速度は恐るべきものがあったはずです。まさしく『長城』防衛をしなければ、首都の市民も安心して眠れなかったというのは容易に想像がつきますね。

 そして、『清』の時代へと移り変わります。ここまで来ればもはや現代のようなもの、文明の利器が開発され、もはや『壁』での防衛は不可能になっていきました。やはり『清王朝』も『万里の長城』を放棄したのです。

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『万里の長城』を軸に歴史を振り返ってきたが、こうして見ると中国の長い歴史も、より理解しやすくなるだろう。常に、内乱と北方民族との争いに向かい合ってきた国なんだな。

『万里の長城』を観光したい!

image by iStockphoto

 ここまで『万里の長城』を勉強してきた方は、ぜひ観光してみたい!と思ったことでしょう。少しだけ、『万里の長城』までのアクセス、オススメスポットをご紹介していきます。

 まずは一番人気の『八達嶺長城』(はったつれいちょうじょう)です。こちらは全長が役3700mあり、『明』の時代に改修されたので非常に保存状態も良く、まさしく『万里の長城』らしさあふれる姿を見ることができます。よく写真に撮られる『長城』はこの箇所であることが多いようです。

 北京から75kmのところにあり、所要時間はおよそ1時間30分程度、バスや貸し切りチャーターなどもあることから気軽に観光できるスポットでしょう。

 もう一つのオススメスポットは『慕田峪長城』(ぼでんよくちょうじょう)です。こちらも北京市内から役70kmのところに位置しており、所要時間もおおよそ同程度、全長は約2250mあります。『八達嶺長城』に比べて雄大さに欠けるかもしれませんが、豊かな緑に抱かれるように走る白い『長城』の姿は、まるで『白龍』のようである、と言われ一見の価値有りです。

 特に近年は『八達嶺長城』の人気が高まり、混雑は避けられないようなので、落ち着いて見られる『慕田峪長城』の人気も高まっているようですね。

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