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ヘンリー8世の悲劇の王妃「アン・ブーリン」を歴女がわかりやすく解説

3-4、アンの両親はアンをかばわず、弟の妻は不利な証言を

ヘンリー8世とアンの恋愛後、ブーリン一家はヘンリー8世に取り立てられ、1529年に父トーマスはウィルトシャー伯爵位とオーモンド伯爵位を授与され、弟ジョージはそれまで父が名乗っていたロッチフォード子爵となり、フランスへの使節に任命、アンが王妃となった翌年には五港長官の顕職に就任。

一家はアンのおかげで出世したが、アンが反逆罪に問われてあろうことか弟との近親相姦を疑われても、アンの両親、そして母の兄ノーフォーク公爵もアンとジョージをかばおうとしなかったそう。また弟のジョージが1524年ころに結婚した、ヘンリー8世の又従妹の妻ジェーンとは不仲だったということで、ジェーンは夫と義姉アンの近親相姦の罪を立証する証言を行ったということ。

尚、アンとジョージの刑死後、両親は宮廷を追放されて田舎に引きこもって数年後に死去し、ジェーンは、夫の従妹であるヘンリー8世の5番目の王妃キャサリン・ハワードの侍女となり、キャサリン王妃の姦通の手引きをしたことが露見し、キャサリンとともに処刑。

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3-5、処刑の時もフランス流を要求

イギリスの死刑執行人は斧を使うことになっていたが、アンの要望でフランスのリールから剣を使うジャン・ロムバウドという死刑執行人を呼び寄せたそう。これは刑の執行の時間稼ぎとも、斧での失敗で悲惨なことにならないためともいわれているそう。

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3-6、ロンドン塔などに幽霊として出没

image by PIXTA / 3447083

ロンドン塔には、不慮の死を遂げた歴史上の人物が多く幽霊として出現することで有名ですが、アン・ブーリンの幽霊はその最たるもので、ロンドン塔の衛兵が夜間勤務で説明のしようのない体験をしても不問に付されるほど。

首のない王妃が深夜に礼拝堂で儀式を行う、処刑場での処刑の最中にひんぱんに出現、首のない馬にひかせた馬車に自分の首を抱きかかえて乗っている、写真撮影をしようとした写真家に突進し、フィルムをすべて感光させたなどなど。

また、ハンプトンコート宮殿では、自分の侍女だったヘンリー8世の3番目の王妃ジェーン・シーモアの幽霊と連れ立って散歩するなど、歴史の本以外のオカルト本にも詳しく登場。

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3-7、姉妹のメアリーの子孫

アンの娘エリザベス1世は未婚のまま死去し、アンの弟ジョージも刑死しましたが、姉妹のメアリーは2度結婚して4人の子供が生まれたということで、メアリーの子孫には、姪のエリザベス1世の寵臣エセックス伯ロバート・デヴァルー(曾孫)、ウィンストン・チャーチル、現エリザベス女王の母クィーンマザー、ダイアナ元皇太子妃、元ヨーク公妃セーラ、チャールズ・ダーウィンなどの多くの有名人が。

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国王の愛人ではなく正式結婚を要求したことで、イギリスの歴史を変えた女性

アン・ブーリンは新興貴族の娘として生まれ、けっこう野心家の父にフランス宮廷に送り込まれて洗練された女性に育ち、イギリスに帰国してヘンリー8世の宮廷に仕えることに。

そして、ヘンリー8世の目に留まって愛人にされるところを、王妃と離婚して正式に結婚してと要求。これが発端となり、ヘンリー8世は離婚を認めないローマ教皇と決別してイギリス国教会を成立させるなど、歴史の転換期となる出来事に。アンは正式結婚で王妃に戴冠したが、王女しか生まれなかったことで汚名を着せられて処刑。

アンは暴君ヘンリー8世のために悲惨な最期を遂げましたが、結果的にイギリス国教会が生まれ、娘はエリザベス1世としてイギリス史に残る名君となったのだから、アンの登場は歴史の必然だったのかもしれませんね。

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angelica