室町時代戦国時代日本史歴史

難攻不落の城と呼ばれた「岐阜城」を戦国通のサラリーマンが徹底わかりやすく解説

岐阜城へのアクセス方法

2020年となり光秀が主役となるドラマが始まったため、光秀縁の地として観光客が増加しているようです。まだ見ていない人のためにアクセス方法などを紹介していきましょう。

開館から交通機関利用の場合

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岐阜城の開館は午前九時からで閉館は午後十八時までとなっております。季節によって時間変動はありますが、おおむね記載した時間帯で岐阜城まで行っていただければ大丈夫でしょう。

金華山山頂に岐阜城がありますが、近代に入ってから建て替えされた天守閣となっています。徒歩で向かうことも可能ですが、足腰などが悪い方には最適なロープウェーが運行されており十分単位で往復。

車できた場合でも無料開放されている駐車場が岐阜城付近に二か所あるので、利用するといいでしょう。鉄道利用の場合はバスを利用して岐阜駅から約十五分で信長公居跡に到着し、隣の建物からロープウェイを利用して山頂までいけます。

歴代の城主達が見たであろう景色

岐阜城の最上階から眺める景色は想像以上で長良川を城の下の方に流れていて、あたり一帯を一望できる場所となっています。信長はここで天下を取るべく動き、歴代城主もここで世の末をいろいろと考えさせられる場所だったことでしょう。

昼の景色だけでなく夜景も素晴らしく、城下の住宅からの光と夕暮れが合わさる時には言葉には表すことができない夜景をみることもできます。また金華山の麓に岐阜市が管理する岐阜公園があり、春の時期になると桜が公園一面に咲き誇り花見が可能。

難攻不落の城だったが度々陥落してしまった

山の山頂に築城された防御面に優れたお城となっていたはずですが、陥落してしまうことが度々ありました。ただ賤ケ岳の戦いや岐阜城の戦いでも籠城兵力が、少なかったことや周りに設置していた砦に兵を分散してしまったことで敗北してしまった要因でしょう。

防御力は非常高い作りだったことでしょうが、食料を確保するうえで麓まで降りるのも登ってくるのも一苦労で水を貯蓄するにも岩盤が固いため戦になると兵糧には不安があったと思います。またの発掘調査で信長時代の石垣が発見されましたが調査結果次第では日本最古の石垣の可能性がでてきました。

これが本当であれば今以上に歴史ファンが多数押し寄せる観光場所になっていくことでしょう。

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