今回は、生物の細胞についての重要な説である「細胞内共生説」についてみていこう。

高校では生物基礎の科目で学習する用語ですが、なんとなく聞き逃してはいないでしょうか?この記事では、細胞内共生説の根拠や歴史を学んでいきます。

今回も、大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

細胞内共生説とは?

細胞内共生説(さいぼうないきょうせいせつ)とは、簡単に説明すると『真核細胞内の細胞小器官(オルガネラ)は、べつの原核生物が共生することでできたものだと考える仮説』です。あくまで“仮説”とつきますが、今日までの研究成果から、この細胞内共生説は真実である=”本当に起こったことだ”と考える研究者が多くなっています。

具体的なお話をする前に、いくつかの重要なキーワードを少し復習しておきましょう。

真核細胞と原核細胞

真核細胞とは、細胞内にDNAの詰まった核があるものを指します。真核細胞によって全身がつくられている生物が真核生物。われわれ人間はもちろんのこと、一般的に目に見えるような動物=真核生物と考えてほぼ間違いないでしょう。

植物についても同様です。一口に植物といっても、大木からちいさな雑草までバリエーションに富んでいますが、いずれも核のある真核細胞からできています。また、キノコやカビなどの菌類も真核生物です。

一方、原核細胞は明瞭な核をもたず、細胞内にDNAがむき出しで入っている細胞。原核細胞からなる生物を原核生物とよんでいます。細菌(バクテリア)や藍藻(シアノバクテリア)などがこれにあたりますね。

細胞小器官

細胞小器官(オルガネラ)とは細胞内に存在し、それぞれ特定の役割を担っている構造物をまとめてさす言葉です。ミトコンドリアや葉緑体、ゴルジ体、リソソーム、ペルオキシソームなど、細胞内にはさまざまな構造体が含まれます。また、核も細胞小器官のひとつです。

これらの細胞小器官のうち、主に「ミトコンドリアと葉緑体」の起源について言及しているのが、細胞内共生説の内容となります。

\次のページで「ミトコンドリアと葉緑体の不思議」を解説!/

ミトコンドリアと葉緑体の不思議

ミトコンドリアや葉緑体を教科書などで見たことがあるでしょうか?大体のイラストでは、これらはちいさく、静止した粒のように描かれているかと思います。しかしながら実際のところ、これらの細胞小器官は細胞の分裂とは関係なく半自律的に分裂し、細胞内で数を増やしたり減らしたりしているんです。

ミトコンドリアにいたっては細長く伸びたり、縮んだり、ちぎれたりしています。まるで、細胞内にとりこまれてしまった別の生き物のように…。

image by iStockphoto

さらに、ミトコンドリアと葉緑体には、核にあるDNAとは別のDNAが存在しています。それぞれミトコンドリアDNAや葉緑体DNAなどとよばれ、核にあるDNA(核DNA)とは区別されているのですが…これもまた、独自のDNAをもった別の生物が細胞内に住み着いているように見えませんか?

Plagiomnium affine laminazellen.jpeg
Kristian Peters -- Fabelfroh - 自ら撮影, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

ミトコンドリアや葉緑体に注目が集まり、それぞれの研究が進むと、新しい“細胞内共生説の根拠”が見つかりました。それが、「ミトコンドリアや葉緑体が二重膜になっている」という事実です。

ミトコンドリアや葉緑体がまだ別の生物として独立していたころ。それぞれは一重の膜(細胞膜)によって細胞が構成されていたと研究者は考えます。これらが宿主=将来真核細胞となる生物の細胞に取り込まれたとき、宿主の細胞膜が侵入した生物を包み込んでしまった。膜が二重になっているのはその時の名残であると説明されているんです。

image by Study-Z編集部

さて、ここまでの話をまとめましょう。

「真核細胞内のミトコンドリアと葉緑体はもともと別の生物であり、細胞内に共生したことが起源となった」と考えるのが細胞内共生説。その論拠には以下のような点が挙げられます。

・ミトコンドリアや葉緑体は、半自律的に分裂・増殖している
・ミトコンドリアや葉緑体は、独自のDNAをもっている
・ミトコンドリアや葉緑体は、二重膜でできている

現在でも、ミトコンドリアや葉緑体内でのタンパク質合成や、それらと核DNAとの関係が研究されています。将来的には、これらにより強力な根拠が加わるかもしれません。

私たちのからだをつくる細胞にはミトコンドリアが存在しますが、それがもともと別の生き物だっただなんて、なんだか不思議な感じがしませんか?

\次のページで「どんな生き物が共生したのか?」を解説!/

どんな生き物が共生したのか?

image by iStockphoto

ミトコンドリアと葉緑体のもつDNAの研究などから、どんな生物が共生したのかがおおむねわかってきています。

ミトコンドリアの由来となったと考えられている生物はアルファプロテオバクテリア。このアルファプロテオバクテリアは好気性細菌とよばれる細菌類で、酸素を使ってエネルギーを作り出すことができる生物です。細胞内ではたらくミトコンドリアと同じような機能をもっていることがわかるでしょう。

葉緑体の方は、藍藻(シアノバクテリア)の仲間が共生したと考えられています。具体的な種類までははっきりしていませんし、その種が現在まで残っているかもわかりませんが、これからの研究で解明されてくるかもしれません。

提唱者は?

細胞内共生説の提唱者としてよく教科書に出てくるのは、リン・マーギュリスという米国の女性生物学者です。1970年にマーギュリスが大々的に細胞内共生説を発表したことで、多くの人が注目するようになりました。

Lynn Margulis.jpg
Jpedreira - Self-published work by Jpedreira, CC 表示-継承 2.5, リンクによる

しかしながら実際は、マーギュリスよりも先にミトコンドリアや葉緑体が別の生物由来だと考えた科学者が複数いたんです。ミトコンドリアや葉緑体が細胞内で独自に分裂するという指摘が19世紀の終わりごろから始まり、それぞれが独自のDNAをもっていることなどが明らかになっていくにつれ、多くの研究者が「細胞内共生が確からしい」と考えるようになっていきました。マーギュリスはそれらの説をまとめ、著書として大々的に発表した人です。

ちなみに、マーギュリスが細胞内共生説を発表したときには、ミトコンドリアと葉緑体だけでなく「鞭毛と中心体も、スピロヘータという別の生物の共生によってできたものだ」と述べていました。しかしながらこの点については、その後の研究で間違いであるという結果が出ています。

私たちの細胞も、生物の共生のたまもの?

「私たちの細胞の中に、別の生き物が住み着いているのだ!」なんていうと、まるでSF小説のようですよね。細胞内共生説だけでなく、そもそも”私たちの細胞は地球の歴史の中でどのように生じてきたのか”ということについては、まだ解明されていない点もたくさんあります。これからどのように研究が進展するのかが楽しみです。

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理科生物細胞・生殖・遺伝

「細胞内共生説」とは?現役講師がわかりやすく解説

今回は、生物の細胞についての重要な説である「細胞内共生説」についてみていこう。

高校では生物基礎の科目で学習する用語ですが、なんとなく聞き逃してはいないでしょうか?この記事では、細胞内共生説の根拠や歴史を学んでいきます。

今回も、大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

細胞内共生説とは?

細胞内共生説(さいぼうないきょうせいせつ)とは、簡単に説明すると『真核細胞内の細胞小器官(オルガネラ)は、べつの原核生物が共生することでできたものだと考える仮説』です。あくまで“仮説”とつきますが、今日までの研究成果から、この細胞内共生説は真実である=”本当に起こったことだ”と考える研究者が多くなっています。

具体的なお話をする前に、いくつかの重要なキーワードを少し復習しておきましょう。

真核細胞と原核細胞

真核細胞とは、細胞内にDNAの詰まった核があるものを指します。真核細胞によって全身がつくられている生物が真核生物。われわれ人間はもちろんのこと、一般的に目に見えるような動物=真核生物と考えてほぼ間違いないでしょう。

植物についても同様です。一口に植物といっても、大木からちいさな雑草までバリエーションに富んでいますが、いずれも核のある真核細胞からできています。また、キノコやカビなどの菌類も真核生物です。

一方、原核細胞は明瞭な核をもたず、細胞内にDNAがむき出しで入っている細胞。原核細胞からなる生物を原核生物とよんでいます。細菌(バクテリア)や藍藻(シアノバクテリア)などがこれにあたりますね。

細胞小器官

細胞小器官(オルガネラ)とは細胞内に存在し、それぞれ特定の役割を担っている構造物をまとめてさす言葉です。ミトコンドリアや葉緑体、ゴルジ体、リソソーム、ペルオキシソームなど、細胞内にはさまざまな構造体が含まれます。また、核も細胞小器官のひとつです。

これらの細胞小器官のうち、主に「ミトコンドリアと葉緑体」の起源について言及しているのが、細胞内共生説の内容となります。

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