イギリスヨーロッパの歴史世界史歴史

大量生産・大量消費の歴史と共にある「ポップアート」を元大学教員が解説

よぉ、桜木建二だ。「ポップアート」は、抽象主義の芸術の流行後にイギリスではじまった芸術運動だ。それからアメリカで華々しく開花。その表現の対象は、身近なものに始まり、スーパーに並ぶ商品やメディアの有名人にまで及んだ。「ポップアート」のアーティストの作品は現代でも人気が高く、美術館の展覧会で作品が展示されると若者を中心に大盛況だ。

それじゃ、「ポップアート」による現実やものの描き方、大衆文化との向き合い方について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。芸術史をたどるとき「ポップアート」を避けて通ることはできない。第二次世界大戦後に生まれたこの運動作品は、大量消費されていくものをモチーフに、大衆文化の姿を表現するチャレンジ。そんなアーティストの方法を今日に与えた影響も含めて解説していく。

「ポップアート」のキーワードは大量生産・大量消費

image by PIXTA / 59885371

ポップアートのキーワードとなるのが大量生産そして大量消費です。アーティストたちは、第二次世界大戦後のアメリカやヨーロッパにおける経済発展による大量生産・大量消費を批判的にとらえ、それを表現の手段としました。

第二次世界大戦後の経済成長が「ポップアート」の土壌

第二次世界大戦が終わったあと、勝利国となったアメリカとイギリスは経済的に急成長をとげます。その結果、高度に機械化された工場で、たくさんの商品が生産され、それを人々が大量に消費する状況が生まれました。

ここで言う大量生産・大量消費は、いわゆる商品だけではありません。テレビが各家庭に浸透することで、「スター」と言われる人々が生まれ、その肖像があらゆるところに流通。それもひとつの消費活動と見なされました。

消費主義を批判することが「ポップアート」の方法

大量生産・大量消費は、経済を発展させるプラスの要素であると同時に、一部の知識人にとっては批判の対象となります。このような生産活動は、あらゆるものを均質化し、すべての個性を失わせてしまうと考えられたからです。

ポップアートのアーティストは、大量生産・大量消費の象徴を芸術に取り入れることで、それに飲み込まれる社会の姿を批判しました。批判性が強いものの、魅力的な色彩やデザインにより、一般の人々からも高い支持を受けることになります。

no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

ポップアートは、大衆の消費主義を痛烈に批判するものの、結果として大衆からの指示を得て、消費されることになった。ポップアートを鑑賞するときは、その外見的な魅力だけではなく、その背後にある批判精神を見出すことが大切だ。

絵画の抽象主義に対する批判も「ポップアート」の運動を加速

image by PIXTA / 26152276

ポップアートを芸術史の観点から見ると、それ以前に流行していた絵画の抽象化に対する批判と結びついています。描く対象が抽象化されることで、絵画は難解な存在になっていました。それを分かりやすくすることも、ポップアートの狙いのひとつであったと言えるでしょう。

絵画の抽象化は現実の表現を難解にする

ポップアートが登場するまえ、「キュビズム」「ダダイムズ」「シュルレアリスム」と、写実主義に対する反動となるような芸術運動が流行。目に見える現実とは異なる表現は、専門家による解釈が欠かせないもでした。

とくにシュルレアリスムは、詩人であるアンドレ・ブルトンがフロイトの心理学の研究を応用して難解な理論を確立。その理論と実践は、知識人階級の熱狂的な支持を得ましたが、一般の人々が理解できるものではありませんでした。

実際にある「もの」のイメージの表現を追求

ポップアートのアーティストたちが目指したのは、芸術の表現をより分かりやすいものにすることです。ニューヨークの街角にある看板や普段の生活で食べるもの、有名人の顔などに注目するようになりました。

ポップアートの芸術家たちは、実際にある「もの」を忠実に描写するのではなく、色彩やデザイン性にこだわった表現を追求します。それらはポスター等にも利用され、さらに社会に浸透するようになりました。

次のページを読む
1 2 3 4
Share: