「ポップアート」は、抽象主義の芸術の流行後にイギリスではじまった芸術運動です。それからアメリカで華々しく開花。その表現の対象は、身近なものに始まり、スーパーに並ぶ商品やメディアの有名人にまで及んです。「ポップアート」のアーティストの作品は現代でも人気が高く、美術館の展覧会で作品が展示されると若者を中心に大盛況です。

それじゃ、「ポップアート」による現実やものの描き方、大衆文化との向き合い方について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。芸術史をたどるとき「ポップアート」を避けて通ることはできない。第二次世界大戦後に生まれたこの運動作品は、大量消費されていくものをモチーフに、大衆文化の姿を表現するチャレンジ。そんなアーティストの方法を今日に与えた影響も含めて解説していく。

「ポップアート」のキーワードは大量生産・大量消費

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ポップアートのキーワードとなるのが大量生産そして大量消費です。アーティストたちは、第二次世界大戦後のアメリカやヨーロッパにおける経済発展による大量生産・大量消費を批判的にとらえ、それを表現の手段としました。

第二次世界大戦後の経済成長が「ポップアート」の土壌

第二次世界大戦が終わったあと、勝利国となったアメリカとイギリスは経済的に急成長をとげます。その結果、高度に機械化された工場で、たくさんの商品が生産され、それを人々が大量に消費する状況が生まれました。

ここで言う大量生産・大量消費は、いわゆる商品だけではありません。テレビが各家庭に浸透することで、「スター」と言われる人々が生まれ、その肖像があらゆるところに流通。それもひとつの消費活動と見なされました。

消費主義を批判することが「ポップアート」の方法

大量生産・大量消費は、経済を発展させるプラスの要素であると同時に、一部の知識人にとっては批判の対象となります。このような生産活動は、あらゆるものを均質化し、すべての個性を失わせてしまうと考えられたからです。

ポップアートのアーティストは、大量生産・大量消費の象徴を芸術に取り入れることで、それに飲み込まれる社会の姿を批判しました。批判性が強いものの、魅力的な色彩やデザインにより、一般の人々からも高い支持を受けることになります。

絵画の抽象主義に対する批判も「ポップアート」の運動を加速

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ポップアートを芸術史の観点から見ると、それ以前に流行していた絵画の抽象化に対する批判と結びついています。描く対象が抽象化されることで、絵画は難解な存在になっていました。それを分かりやすくすることも、ポップアートの狙いのひとつであったと言えるでしょう。

絵画の抽象化は現実の表現を難解にする

ポップアートが登場するまえ、「キュビズム」「ダダイムズ」「シュルレアリスム」と、写実主義に対する反動となるような芸術運動が流行。目に見える現実とは異なる表現は、専門家による解釈が欠かせないもでした。

とくにシュルレアリスムは、詩人であるアンドレ・ブルトンがフロイトの心理学の研究を応用して難解な理論を確立。その理論と実践は、知識人階級の熱狂的な支持を得ましたが、一般の人々が理解できるものではありませんでした。

実際にある「もの」のイメージの表現を追求

ポップアートのアーティストたちが目指したのは、芸術の表現をより分かりやすいものにすることです。ニューヨークの街角にある看板や普段の生活で食べるもの、有名人の顔などに注目するようになりました。

ポップアートの芸術家たちは、実際にある「もの」を忠実に描写するのではなく、色彩やデザイン性にこだわった表現を追求します。それらはポスター等にも利用され、さらに社会に浸透するようになりました。

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大衆文化のイメージを切り取る「ポップアート」

Coke Museum.JPG
By Melizabethi123 - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

ポッポアートのアーティストがとった方法は、社会に広く浸透している大衆文化のイメージを切り取ること。ここで対象となる大衆文化は、商品、広告物、繁華街、メディアなど、多岐にわたりました。

スーパーに大量陳列された商品を表現の対象にする

ポップアートの表現の対象のひとつが大量生産された商品。芸術家たちは、スーパーなどで大量に陳列され、人々の大量消費されるものを、さまざまに表現しました。

とくに戦後の欧米で大量に流通した缶詰、調味料、飲料などがピックアップされました。分かりやすい事例となるのがコカ・コーラ。そのブランドロゴを切り取って大量に並べることで、現代の消費活動のありようを表現しました。

「ポップアート」の関心はポップスターにまで広がる

商品に加えてポップアートの表現の対象となったのがスター。マリリン・モンローやジョン・レノン、マイケル・ジャクソンのような歌手の肖像をカラフルに描きました。

さらに政治家の顔もポップアートの対象となります。アメリカ大統領のみならず、アルゼンチンの革命家チェ・ゲバラや、中華人民共和国の創立者の毛沢東を描くこともありました。

ジャスパー・ジョーンズはアメリカの美術界に転換をもたらす

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By User:Lipton sale, CC BY-SA 3.0, Link

ジャスパー・ジョーンズは1950年代以降に活躍したアメリカ人画家です。彼は、数字、文字、記号、国旗などを、平面的に表現する方法を得意としました。ダダイズムとポップアートの橋渡し的存在とも言われています。

日常のものを記号化する「旗」シリーズ

ジャスパー・ジョーンズを一躍有名にしたのが「旗」シリーズ。彼によると、自身がアメリカ国旗の絵を描く夢を見て、そのあとすぐにその制作に取り掛かったとのことです。

ジョーンズがアメリカ国旗を選んだのは、シンプルで分かりやすいデザインで、アメリカのシンボルそのものだから。そのシンプルな幾何学性の背後には、アメリカ独立の複雑な歴史が込められていることも選んだ理由です。

「Usuyuki」は日本からのインスピレーションで制作

さらにジャスパー・ジョーンズは、日本文化にインスパイアされた作品も制作しています。それが「Usuyuki」と呼ばれるシリーズ。18 世紀の歌舞伎演目である「新薄雪物語」から発想した作品です。

このシリーズは、4つの絵画、15のドローイング、5つの版画から構成されたもの。東京で展示会が行われたこともある作品群です。「旗」シリーズとは対照的に、水墨画のような雰囲気がある表現方法がとられました。

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ロイ・リキテンスタインは漫画と芸術を結び付けたアーティスト

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Anefo - Nationaal Archief, CC0, リンクによる

日本ではポップアートの代名詞的存在なのがロイ・リキテンスタインです。彼はアメリカンコミックの表現を忠実に再現し、アメリカの大衆文化を芸術の領域に持ち込みました。

アメリカンコミックを模倣した作品は「ポップアート」の代名詞

日本人がアメリカ文化と聞いて思い浮かべるのが、セクシーな金髪美女やマッチョな男性なのではないでしょうか。ロイ・リキテンスタインは、金髪美女やマッチョな男性を、漫画の一コマを拡大したかのような方法で描きました。

彼が漫画的な表現を利用することを思いついたのは、子どもとお絵かきをしているとき。自分の子どもにミッキーマウスの絵を描いてあげている最中、その表現のインパクトに気が付いたとのことです。

ベタ塗りとドットのなかに美を見出す

ロイ・リキテンスタインが使用した色は5色。赤、黄、青の三原色と白・黒だけでした。描いたものの輪郭は太く、立体感を出さずに平面性にこだわりました。

また、絵画の陰影を作り出すのは漫画の手法であるドット。ドットの大きさや密度を変化させることで、ものの陰影を表現します。描く対象は金髪・白人という典型的な「アメリカ人」でした。

ポップスターのイメージを大量流通させたアンディー・ウォーホール

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By Foto: Jonn Leffmann, CC BY 3.0, Link

ポップアートの巨匠と言えるのがアンディー・ウォーホール。日本で最も名前が知られているアーティストなのではないでしょうか。彼は印刷技術を活用することにより、大量消費のありようを実践的に表現した人物でもあります。

マリリン・モンローをシルクスクリーンの技法で記号化する

もっとも有名なアンディ・ウォーホールの作品が「マリリン・モンロー」の肖像画です。この作品は、シルクスクリーンという技法を用いた作品で、モンローの突然の死後に制作されました。

シルクスクリーンとは、インクが通過する穴を作ることで版画の版を作るというもの。この型を作ってしまえは、芸術家が直接に作品を作る必要がなくなります。大量消費されたマリリン・モンローを、大量生産の方法で流通させることが彼の意図でした。

消費主義の代名詞であるキャンベル・スープ缶もターゲット

アンディ・ウォーホールは商業デザインも自身の作品制作に取り入れていきます。彼の代表的作品となるのがキャンベル・スープ缶。大量に並んでいる赤と白の缶詰をキャンバス上で描きました。

彼の作品は「キャンベルのスープ缶」と題され、シルクスクリーンの技法で大量印刷されます。シルクスクリーンの作品の印刷は若手の弟子に行わせ、ウォーホール自身は関与しませんでした。

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デイヴィッド・ホックニーはオークションで最高価格にて落札

David Hockney, RA London, 2012-02.jpg
By Kleon3 - Own work, CC BY-SA 4.0, Link

現代のポップアート収集家に絶大な人気を誇るアーティストがイギリス人の画家デイヴィッド・ホックニー。オークションに出品されると、最高価格で落札されることも少なくないポップアートの芸術家です。

ゲイの視点から描いた青いプールシリーズは「ポップアート」を牽引

デイヴィッド・ホックニーの知名度を高めた作品群が「青いプール」と言われるシリーズ。全体的に青みがかった風景と、プールで泳ぐ男性の姿が印象的な作品です。

実はデイヴィッド・ホックニーはゲイ。「青いプール」シリーズに登場する男性は彼のパートナーたちです。アメリカ西海岸の明るい太陽の光と、プールの水の冷たさのコントラストから、彼の複雑な内面が表現されました。

最近はiPadによる作品も発表したデイヴィッド・ホックニー

デイヴィッド・ホックニーは今でも現役。最近はiPadのドローイング機能を使って絵を描いているとのことです。彼が使っているのがBrushという無料のアプリ。それ以前はフォトショップとペンタブレットを駆使して絵を描いていました。

ドローイングのアプリの普及は、誰でも作品を制作してネット上で発表することを可能にしました。ホックニーは、現代の最新テクノロジーを使って、ポップアートの表現をを進化させていると言えるでしょう。

大衆文化を批判する「ポップアート」は大衆ファンを獲得

ポップアートの出発点は大量生産・大量消費により生まれた大衆文化を批判すること。その文化を芸術を通じて再現するために、漫画や版画の技法も積極的に取り入れました。根底には批判精神があるものの、カラフルで洗練されたデザインは多くのファンを獲得。今でもポップアーティストの作品を目にする機会が多々あります。それらの作品を、ただ「かっこいい」と思うのではなく、その背後にある批判精神を理解することが、ポップアートの歴史を学ぶうえで欠かせません。

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イギリスヨーロッパの歴史世界史歴史

大量生産・大量消費の歴史と共にある「ポップアート」を元大学教員がわかりやすく解説

「ポップアート」は、抽象主義の芸術の流行後にイギリスではじまった芸術運動です。それからアメリカで華々しく開花。その表現の対象は、身近なものに始まり、スーパーに並ぶ商品やメディアの有名人にまで及んです。「ポップアート」のアーティストの作品は現代でも人気が高く、美術館の展覧会で作品が展示されると若者を中心に大盛況です。

それじゃ、「ポップアート」による現実やものの描き方、大衆文化との向き合い方について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。芸術史をたどるとき「ポップアート」を避けて通ることはできない。第二次世界大戦後に生まれたこの運動作品は、大量消費されていくものをモチーフに、大衆文化の姿を表現するチャレンジ。そんなアーティストの方法を今日に与えた影響も含めて解説していく。

「ポップアート」のキーワードは大量生産・大量消費

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ポップアートのキーワードとなるのが大量生産そして大量消費です。アーティストたちは、第二次世界大戦後のアメリカやヨーロッパにおける経済発展による大量生産・大量消費を批判的にとらえ、それを表現の手段としました。

第二次世界大戦後の経済成長が「ポップアート」の土壌

第二次世界大戦が終わったあと、勝利国となったアメリカとイギリスは経済的に急成長をとげます。その結果、高度に機械化された工場で、たくさんの商品が生産され、それを人々が大量に消費する状況が生まれました。

ここで言う大量生産・大量消費は、いわゆる商品だけではありません。テレビが各家庭に浸透することで、「スター」と言われる人々が生まれ、その肖像があらゆるところに流通。それもひとつの消費活動と見なされました。

消費主義を批判することが「ポップアート」の方法

大量生産・大量消費は、経済を発展させるプラスの要素であると同時に、一部の知識人にとっては批判の対象となります。このような生産活動は、あらゆるものを均質化し、すべての個性を失わせてしまうと考えられたからです。

ポップアートのアーティストは、大量生産・大量消費の象徴を芸術に取り入れることで、それに飲み込まれる社会の姿を批判しました。批判性が強いものの、魅力的な色彩やデザインにより、一般の人々からも高い支持を受けることになります。

絵画の抽象主義に対する批判も「ポップアート」の運動を加速

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ポップアートを芸術史の観点から見ると、それ以前に流行していた絵画の抽象化に対する批判と結びついています。描く対象が抽象化されることで、絵画は難解な存在になっていました。それを分かりやすくすることも、ポップアートの狙いのひとつであったと言えるでしょう。

絵画の抽象化は現実の表現を難解にする

ポップアートが登場するまえ、「キュビズム」「ダダイムズ」「シュルレアリスム」と、写実主義に対する反動となるような芸術運動が流行。目に見える現実とは異なる表現は、専門家による解釈が欠かせないもでした。

とくにシュルレアリスムは、詩人であるアンドレ・ブルトンがフロイトの心理学の研究を応用して難解な理論を確立。その理論と実践は、知識人階級の熱狂的な支持を得ましたが、一般の人々が理解できるものではありませんでした。

実際にある「もの」のイメージの表現を追求

ポップアートのアーティストたちが目指したのは、芸術の表現をより分かりやすいものにすることです。ニューヨークの街角にある看板や普段の生活で食べるもの、有名人の顔などに注目するようになりました。

ポップアートの芸術家たちは、実際にある「もの」を忠実に描写するのではなく、色彩やデザイン性にこだわった表現を追求します。それらはポスター等にも利用され、さらに社会に浸透するようになりました。

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