平安時代日本史歴史

歴史に残る「平氏」のストーリーを歴史オタクがわかりやすく5分で解説

よぉ、桜木健二だ。今回のテーマとなる「平氏」だが、「平氏」と言えば『平家物語』に登場する「平清盛」が最も著名だな。しかし、長い日本の歴史を紐解けば彼以外にも、もちろん「平」の姓を持つ人間が登場する。
今回は「平氏」の始まりから歴史に名を残した「平将門」や「平清盛」らを中心に歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は義経をテーマに執筆。平氏は源氏のライバルとして描写されるため詳しくなりました。

1.そもそも「平氏」ってなに?

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桜木先生のおっしゃった通り「平氏」と言えば『平家物語』の「平清盛」を最初に思い浮かべる人が多いでしょう。何年か前には大河ドラマの主役にもなりましたね。

まずは「平氏」が生まれた経緯からお話ししていきましょう。

日本の名字の歴史

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今でこそ日本人の誰もが生まれながらにもっている名字ですが、古代の日本では名字に対する感覚が私たちとはちょっと異なりました。「平氏」を知るために、ここで名字の歴史について簡単に触れておきましょう。

まず、名字とは家族や親せきなど血のつながった集団を指す言葉ですね。平安時代以前は「氏(うじ)」といって、氏を同じくする血縁集団を「氏族」といいました。さらに古代日本のヤマト王権下では、「氏姓制度」によって出身氏族で政治的な地位や就ける役職が決まっていたんですよ。

「中臣鎌足(なかとみのかまたり)」の「中臣氏」は神事担当で、「物部守屋(もののべのもりや)」の「物部氏」は軍事や刑罰を担当する、といった具合です。

臣籍降下で名字をたまわる

「氏族」のようにもともと名字があった人々とは別に皇族が名字を与えられて天皇家を離れることもありました。これを「臣籍降下」といいます。また、臣籍降下によって名字を賜った彼らを「賜姓(しせい)皇族」と呼びました。

「源」か「平」の氏が与えられるようになる前は「橘」や「清原」などさまざまな氏が与えられいます。

増えすぎた藤原氏

平安時代、朝廷の重要な役職に就いた貴族の多くが「源」、「平」、「藤原」、「橘」の名字だったため、四つをまとめて「源平藤橘」といいました。

このなかでも特に強かったのが「藤原氏」です。「藤原不比等」からはじまり、彼の四人の息子たちがそれぞれ四つの家を起こして興亡します。そうすると、今度は権力の中枢から端っこの役人まで、朝廷内の役人たちに藤原の名字を持つ人が非常に多くなってしまいました。右を見ても左を見ても藤原です。「すみません、中務省の藤原さんを呼んでもらえませんか?」と窓口で頼んでもどの藤原さんかわかりません。きっと窓口の人も藤原さんです。

藤原姓が増えすぎたことで、藤原さん同士でも区別がつかなくて不便になってしまったんですね。それで平安時代後期になると、藤原姓の貴族たちは、自分の邸宅がある地名を名字として名乗るようになりました。京都の「一条」に住んでいたから「一条さん」、「近衛」に住んでいたから「近衛さん」という具合です。これは現代の私たちと同じような名字の使い方ですね。

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