世界史

悲劇の生涯を送った「エリザベート」美貌の皇后を歴女がわかりやすく解説

よぉ、桜木健二だ、今回はエリザベート皇后を取り上げるぞ。美人で有名だが、どんな人だったか詳しく知りたいよな。

その辺のところをヨーロッパの王族の歴史も大好きなあんじぇりかと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

angelica

ライター/あんじぇりか

子供の頃から歴史の本や伝記ばかり読みあさり、なかでも女性史と外国人から見た日本にことのほか興味を持っている歴女、ヨーロッパの王室の歴史にも興味津々。例によって昔読んだ本を引っ張り出しネット情報で補足しつつ、エリザベート皇后について5分でわかるようにまとめた。

1-1、エリザベートはドイツの生まれ

エリーザベト・アマーリエ・オイゲーニエ・フォン・ヴィッテルスバッハは、1837年12月24日にバイエルン王家であるヴィッテルスバッハ家傍系のバイエルン公マクシミリアンとバイエルン王女ルドヴィカの次女としてミュンヘンで誕生。

きょうだいは10人(2人夭折)兄と姉がいてエリザベートは上から3番目、弟と妹が3人ずつ。尚、日本語でエリザベートと言われますが、ドイツ語ではエリーザベトが正しいということ。そして愛称はシシー、ここではエリザベートで統一。

1-2、エリザベートの子供時代

エリザベートの生家は、変人が多いと言われたヴィッテルスバッハ家の傍系貴族。父マクシミリアン公爵は、教養はあるが放浪癖があり自由気ままな気質だったということで、エリザベートら子供たちはしきたりなどに縛られず、夏はシュタルンベルク湖の畔に立つポッセンホーフェン城、冬はミュンヘンの邸宅で伸び伸びと馬や犬と遊び、詩を書いて育ったそう。

父マクシミリアンとお気に入りの娘だったエリザベートが街に出かけて、チター奏者に扮した父の傍らでチップを貰う少女に扮した話は有名。

母ルドヴィカはバイエルン国王マクシミリアン1世の王女で、夫のマクシミリアン公爵との結婚は政略結婚。しかしルドヴィカの姉妹は全員王族と結婚したため、自分だけが格の落ちる家柄の夫と結婚して王女から公爵夫人となったと思っていたうえ、家族を置いてひとりでふらりと旅に出たりと王族らしくない生活を好み、大勢の子供たちのこともきちんと教育したり将来を考えたりしない夫とはあまり合わなかったということ。

1-3、エリザベート、姉のお見合いについて行き運命が激変

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フランツ・ヴィンターハルター不明, パブリック・ドメイン, リンクによる

エリザベートの母ルドヴィカの姉のゾフィーは、オーストリアのハプスブルグ家のフランツ・カール大公と結婚、その長男のフランツ・ヨーゼフがオーストリア皇帝となり、お妃探し中。

最初はプロイセン王女アンナ(ゾフィー大公妃とルドヴィカの姉の娘)が候補で、フランツ・ヨーゼフも気に入ったのに、アンナはすでにヘッセン選帝侯国フリードリヒ・ヴィルヘルム王子と非公式に婚約が決定していたため、エリザベートの姉でおとなしい18歳のヘレーネを候補としてお見合いさせることに。母ルドヴィカも娘がオーストリア皇后になるなんてと大乗り気になったそう。

そして1853年8月、母ルドヴィカは軽い気持ちで、まだ15歳だったエリザベートの親戚との社交見習いのつもりで、一緒にお見合いのために避暑地のバート・イシュルへ連れて行くことにしたのが、運の尽き。

22歳のフランツ・ヨーゼフはエリザベートに一目惚れ、ヘレーネの後ろにいるエリザベートしか見ず、あれほど母ゾフィーの言うことならなんでも聞いていたのに、エリザベートと結婚すると言い張り、恋に夢中な青年に。ゾフィーは自由奔放なエリザベートが気に入らず、歯並びが悪いとか歯が黄色いとかエリザベートの欠点をあげつらって大反対したが、ゾフィー大公妃の言うことなら何でも聞いたはずのフランツ・ヨーゼフ皇帝は、このときだけは母の言うことを聞かず、反対を押し切ってエリザベートと結婚することに。

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おおっ、これは無茶苦茶美人だな、ひと目惚れも無理ないか

1-4、エリザベート、お妃教育でハンガリーに出会う

婚約が決まったエリザベートは、色々な国を治めるハプスブルグ家の未来の皇后となるために、語学教育から始まって、歴史などについてお妃教育をみっちりと詰め込まれたが、じっとしていることが嫌いなアウトドア派、押し付けられるのが嫌いなためか、度々ヒステリー、癇癪を起したりで身に付かず、このときに初めてハンガリー語を学んだが、唯一ハンガリーについてだけは大変な興味を持つようになったそう。

1-5、エリザベート、ウィーンへ嫁入り

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Emil Rabending – Scanned by User:Csanády, パブリック・ドメイン, リンクによる

恋するフランツ・ヨーゼフは幸せいっぱいで、エリザベートに数々の宝石や花、そしてオウムなどプレゼント攻めにしたということだが、エリザベートは「あの方が皇帝ではなかったらいいのに」と、恋される嬉しさに酔っている感じ。1854年4月、ウィーンで盛大な結婚式が行われ、若く美しい16歳の新皇后は大歓迎されたが、実の伯母のゾフィー大公妃が君臨するしきたりづくめの宮殿で、孤立しすぐにうつ病気味に。

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