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「シュルレアリスム」とはどのような芸術運動?その思想や方法を元大学教員が解説

よぉ、桜木建二だ。芸術史上の運動のひとつとして登場するのが「シュルレアリスム」。アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」に端を発する運動で、フロイトの精神分析の理論の影響も受けている。人間の無意識の世界に果敢にチャレンジする数々の技法は詩作や絵画だけではなく映画製作にも影響を与えた。

それじゃ、「シュルレアリスム」がどのように展開したのか、その意味や方法を世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。芸術史をたどるとき「シュルレアリスム」を避けて通ることはできない。第一次世界大戦後に生まれたこの運動作品は無意識の現象を現実にて表現するチャレンジ。そんな芸術家の方法を、今日に与えた影響も含めて解説していく。

「シュルレアリスム」とはどんな意味の言葉?

image by PIXTA / 4729593

シュルレアリスムは「シュル」と「レアリスム」を結び付けた造語。「シュル」を英語読みすると「シュール」。「~の上」「~の上を越える」という意味があります。シュルレアリスムは「レアリスム=現実」を表面と捉え、その先にある真の現実を追求する運動と言えるでしょう。

アポリネールがつくった造語が「シュルレアリスム」

シュルレアリスムという言葉を生み出したのはフランスの詩人であるギヨーム・アポリネール。当時、不遇の時代にあったキュビズムの画家たちを評価し、光をあてた人物でもあります。

アポリネールが初めてシュルレアリスムという言葉を使ったのは1917年。ジャン・コクトーが台本、エリック・サティが音楽、ピカソが舞台芸術、レオニード・マシーンが振付した前衛的なバレエ『パラード』の初演のプログラムのなかでした。

理性を排除した無意識のイメージを表現する試み

シュルレアリスムは現実と切り離された世界に興味があると思われがちですが、それは違います。実際は、理性を排除した無意識のイメージを通じて現実を追求しているという点で、まったくの無関係であるとは言えません。

シュルレアリスムは、これまでリアリズムと言われていた手法は真のリアリズムではないという批判精神が出発点。人間の深層心理や無意識の世界を開放してこそ、本当のリアリズムが表現されると考えたのです。

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「シュルレアリスム」は「超現実主義」と訳されることが多いが、現実と切り離された印象を与えるため、あまりいい訳語ではない。無意識の世界を開放させてこそ現実があるというのが芸術家の思想。画家が目指したのは真の現実の表現だった。

思想の中心となった人物がアンドレ・ブルトン

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Von MOSSOTEigenes Werk, CC BY 3.0, Link

アポリネールが発案した造語シュルレアリスムは、詩人であるアンドレ・ブルトンを中心に広がっていきます。アンドレ・ブルトンは、シュルレアリスムの流行が終わったあともその探求を続けた、生粋のシュルレアリストと言えよう人物でした。

1924年に発表された「シュルレアリスム宣言」

「シュルレアリスム宣言」が起草されたのは1924年。このタイミングがシュルレアリスムと始まりとされています。1924年に発表されたのが「第一宣言」。その後、1929年に「第二宣言」が発表されました。

ブルトンはシュルレアリスムの表現方法を、心が自動的に表現する口述や記述であると定義。理性によるフィルターを取り除き、あらゆる先入観を排除した思考により表現したものであると考えました。

自動記述の作品『溶ける魚』の序文として執筆

もともと「シュルレアリスム宣言」はブルトンの物語集である『溶ける魚』の序文として書かれたものです。ブルトンの記憶からあふれ出たイメージを自由連想風に記述した作品でした。

パリの光景、歴史上の出来事や伝説、詩人たちの作品の引用を、思いつくままに表現した挑戦的な作品。同時に精神を病んでいたと言われるブルトンの脅迫観念や死に対する願望も感じさせる内容でした。

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