今回は落体の法則について考えてみよう。

物理は力学から学習を始めるが、科学の歴史を見直しても力学的な事象から考察が始まっているな。また、力学の発展にはとてつもない時間がかかっていて、アリストテレスからニュートンまで2000年近い時が必要だったんです。それを、高校物理の教科書等ではそれこそ「あっ!」という間に駆け抜けるわけだから「????」が頭の中を駆け巡ってもしゃーねえわな。

特に重さだの質量だのなんてのは概念が確立したのはかなり後のことです。アリストテレスの「重いものが速く落ちる」もそうです。
これについては現代でも「重いものが速く落ちる」と信じている人がけっこういるんじゃねえか?

今回はそんな落体の法則について理系ライターのタッケさんと一緒に考えていきます。

ライター/タッケ

物理学全般に興味をもつ理系ライター。理学の博士号を持つ。専門は物性物理関係。高校で物理を教えていたという一面も持つ。今回は落体の法則について考えてみた。

小学校1~2年生の頃、「重いものも軽いものも同時に落ちる」と本に書いてあるのを見て衝撃を受けたことがあります。

絶対嘘だと思った私は、重い石と軽い石をお寺の鐘つき堂から落として実験したのです。結果は、「ほぼ同時に落ちる」でした。

私の中の世界観が少し変わったことを、石が地面に当たるカチンと言う音とともに昨日の事のように覚えています。

物理のブログを運営中
https://kokolainen.com

アリストテレスかく語りき

image by iStockphoto

紀元前・古代ギリシヤの偉大なる哲学者アリストテレス(前384 - 前322)はその著書「自然学」の中で落体の運動について言及しています。

すなわち、
・「石が落下するのは、石が本来属すべき地球に帰ろうとしている」
・落下につれて石がその速さを増すのは「あたかも、われわれが外出先から家に帰り着く頃には速足になるかのごとくである」
等です。

さらに、アリストテレスは「重いものは軽いものよりも速く落下する」とも述べています。
落体の速さはその重さに比例する。つまり、重さが2倍の物体は2倍の速さで落ちるというわけです。

石が羽毛よりも速く落下するのは石が地球の一部であるから帰ろうとする速さも大きくなり、炎が立ち上るのは炎が属する天に帰ろうとするため、と説明されます。

このアリストテレスの学説はなんとその後2000年近くも信じられていたのです。

重いものが速く落ちるのか

重いものが速く落ちるのか

image by Study-Z編集部

ところが、これに異を唱えるものが現れました。
イタリアのベネデッティ(1530-1590)は次のような思考実験により、アリストテレスの「重いものが速く落ちる」ことに疑問を呈しています。

2つの鉄球を考える。一つは他方よりも重く、片方は軽いとします。

さて、アリストテレスによれば、それぞれを落下させてみると重い鉄球のほうが速く落ちるはずです。

では次に、重い鉄球と軽い鉄球を軽い糸で結び付けて落としてみます。
このときの落下はどのようになるでしょうか?

image by Study-Z編集部

1.  二つの鉄球を大きな一つの鉄球と考えれば重くなるため、さらに速く落ちる
2.  軽い鉄球と重い鉄球に分けて考える。重い鉄球は、遅く落ちる軽い鉄球がブレーキとなるため全体としては遅く落ちる。

さて、あなたはどちらが正解だと考えるでしょうか?
ちょっと考えて見ましょう。
自分で考えることが大切ですよ。

大いなる矛盾

image by iStockphoto

どうでしょうか、考えがまとまりましたか?
アリストテレス的な考え方に立てば、これらの考え方はどちらも成り立つはずですが、これは矛盾です。

よって設問の答えはどちらも成り立ちませんね。

ベネデッティはこの矛盾に気がつき、これを解決するために重さの異なる鉄球はどちらも同じ速さで落ちるのではないか?と考えたのです。
(ちなみに、皆さんご存知のように羽毛などが遅く落ちるのは空気抵抗によるものですね)

つまり、「重さによらず同じ速さで落ちる」とすれば、鉄球をひとつひとつ落としても糸で結んで落としても、どちらの場合でも矛盾なく説明できますね。

さらにオランダのステヴィン(1548-1620)は実際に、重さの異なる鉛玉を落下させる実験を行い、やはりアリストテレスの理論に異を唱えています。

そして、さらにガリレオ(1564-1642)により詳細な実験と考察が行われ、アリストテレス的な考えが間違いであったと確かめられたのです。

ちなみに有名なピサの斜塔での落下実験は、後世の創作ではないかといわれています。

ガリレオは従来のアリストテレス的な考え方や宗教的な考え方に縛られることなく、自らの思考と実験によって自然現象を数学的な手法を用いて理解しようと努めました。このため現代でも、「科学の父」と畏敬の念をこめて呼ばれているのです。

\次のページで「ニュートン登場」を解説!/

ニュートン登場

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さて、ガリレオらにより落体の運動の解明が進み始め、ついにニュートン(1642-1727)により2000年来のアリストテレス的自然観に終止符が打たれます。

ニュートン以前は地上では地上の法則が、天上では天上の法則が成り立つと信じられていたわけです。(でないと「なぜ月が地上へ落ちてこないか」の説明がつかなかった)

ニュートンの偉大さは、万有引力の法則の発見により、天上でも地上でもニュートンの運動の法則で説明できること(宇宙的世界観の統一)を示したことにあります。

ところで、自然に対する詳細な観察から自然科学の礎を築いたアリストテレスの偉大さは、たとえそれが現代から見て間違っていたとしても少しも損なわれるものではありません。

330年後の実験

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月面探査のアポロ15号の乗組員により、ガリレオの死後約330年の時を経てある実験が行われました。

真空である月面上で羽毛とハンマーを落としてみたのです。

以下のサイトではその実験映像を見ることができます。

空気による抵抗がないため、見事に同時に落下。
宇宙飛行士が興奮して「Mr. Galileo was correct in his findings.(ガリレオは正しかったんだ!)」と話しているのが印象的です。

思考することの大切さ

世の中には、今でも「重いものが速く落ちる」と信じている人がかなりいます。(なんとその中には理系の人も!)

一時期、「ゆとり教育」とやらで高校で物理の履修を全くしなくてもすんでいた時期がありました。
だから今の大人の中には物理をほとんど知らない人が多数います。

しかし、ことは科学教育の問題だけではありません。
なんでもかんでも教科書に載っていることや言われたことを盲目的に暗記し吐き出すことで、テストや入学試験で高得点を得ることができる風潮も大きく影響しているでしょう。

ガリレイ以前も、学問といえば「アリストテレスの著作物を暗記すること」というのが世の風潮だったのです。

しかし、ガリレイたちはそこに疑問を持ち、みずからの思考や実験によって新しい発見をし、物理学を切り開きました。
そこにこそ彼らの偉大さと天才性があるのです。

どうか皆さんは「常識」「あたりまえ」という言葉に惑わされることなく、自らの思考を大事にしてください。

私のブログでは物理について興味ある事柄を取り上げています。
ぜひご覧ください。
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" /> 重いものは速く落ちる?「落体の法則」を理系ライターがわかりやすく解説 – Study-Z
物理物理学・力学理科

重いものは速く落ちる?「落体の法則」を理系ライターがわかりやすく解説

今回は落体の法則について考えてみよう。

物理は力学から学習を始めるが、科学の歴史を見直しても力学的な事象から考察が始まっているな。また、力学の発展にはとてつもない時間がかかっていて、アリストテレスからニュートンまで2000年近い時が必要だったんです。それを、高校物理の教科書等ではそれこそ「あっ!」という間に駆け抜けるわけだから「????」が頭の中を駆け巡ってもしゃーねえわな。

特に重さだの質量だのなんてのは概念が確立したのはかなり後のことです。アリストテレスの「重いものが速く落ちる」もそうです。
これについては現代でも「重いものが速く落ちる」と信じている人がけっこういるんじゃねえか?

今回はそんな落体の法則について理系ライターのタッケさんと一緒に考えていきます。

ライター/タッケ

物理学全般に興味をもつ理系ライター。理学の博士号を持つ。専門は物性物理関係。高校で物理を教えていたという一面も持つ。今回は落体の法則について考えてみた。

小学校1~2年生の頃、「重いものも軽いものも同時に落ちる」と本に書いてあるのを見て衝撃を受けたことがあります。

絶対嘘だと思った私は、重い石と軽い石をお寺の鐘つき堂から落として実験したのです。結果は、「ほぼ同時に落ちる」でした。

私の中の世界観が少し変わったことを、石が地面に当たるカチンと言う音とともに昨日の事のように覚えています。

物理のブログを運営中
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アリストテレスかく語りき

image by iStockphoto

紀元前・古代ギリシヤの偉大なる哲学者アリストテレス(前384 – 前322)はその著書「自然学」の中で落体の運動について言及しています。

すなわち、
・「石が落下するのは、石が本来属すべき地球に帰ろうとしている」
・落下につれて石がその速さを増すのは「あたかも、われわれが外出先から家に帰り着く頃には速足になるかのごとくである」
等です。

さらに、アリストテレスは「重いものは軽いものよりも速く落下する」とも述べています。
落体の速さはその重さに比例する。つまり、重さが2倍の物体は2倍の速さで落ちるというわけです。

石が羽毛よりも速く落下するのは石が地球の一部であるから帰ろうとする速さも大きくなり、炎が立ち上るのは炎が属する天に帰ろうとするため、と説明されます。

このアリストテレスの学説はなんとその後2000年近くも信じられていたのです。

重いものが速く落ちるのか

重いものが速く落ちるのか

image by Study-Z編集部

ところが、これに異を唱えるものが現れました。
イタリアのベネデッティ(1530-1590)は次のような思考実験により、アリストテレスの「重いものが速く落ちる」ことに疑問を呈しています。

2つの鉄球を考える。一つは他方よりも重く、片方は軽いとします。

さて、アリストテレスによれば、それぞれを落下させてみると重い鉄球のほうが速く落ちるはずです。

では次に、重い鉄球と軽い鉄球を軽い糸で結び付けて落としてみます。
このときの落下はどのようになるでしょうか?

image by Study-Z編集部

1.  二つの鉄球を大きな一つの鉄球と考えれば重くなるため、さらに速く落ちる
2.  軽い鉄球と重い鉄球に分けて考える。重い鉄球は、遅く落ちる軽い鉄球がブレーキとなるため全体としては遅く落ちる。

さて、あなたはどちらが正解だと考えるでしょうか?
ちょっと考えて見ましょう。
自分で考えることが大切ですよ。

大いなる矛盾

image by iStockphoto

どうでしょうか、考えがまとまりましたか?
アリストテレス的な考え方に立てば、これらの考え方はどちらも成り立つはずですが、これは矛盾です。

よって設問の答えはどちらも成り立ちませんね。

ベネデッティはこの矛盾に気がつき、これを解決するために重さの異なる鉄球はどちらも同じ速さで落ちるのではないか?と考えたのです。
(ちなみに、皆さんご存知のように羽毛などが遅く落ちるのは空気抵抗によるものですね)

つまり、「重さによらず同じ速さで落ちる」とすれば、鉄球をひとつひとつ落としても糸で結んで落としても、どちらの場合でも矛盾なく説明できますね。

さらにオランダのステヴィン(1548-1620)は実際に、重さの異なる鉛玉を落下させる実験を行い、やはりアリストテレスの理論に異を唱えています。

そして、さらにガリレオ(1564-1642)により詳細な実験と考察が行われ、アリストテレス的な考えが間違いであったと確かめられたのです。

ちなみに有名なピサの斜塔での落下実験は、後世の創作ではないかといわれています。

ガリレオは従来のアリストテレス的な考え方や宗教的な考え方に縛られることなく、自らの思考と実験によって自然現象を数学的な手法を用いて理解しようと努めました。このため現代でも、「科学の父」と畏敬の念をこめて呼ばれているのです。

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