「写実主義 リアリズム」は、美術史のなかでロマン主義の反動として登場した絵画の様式のことを指す。現実の人間の姿を理想化することなく描写することが、この表現方法の特徴です。労働に従事する田舎の農民のを描いたミレーの「落穂ひろい」は「写実主義 リアリズム」の有名作品のひとつと言えるでしょう。

当時の画家たちはどうしてこのような主題を選んだのでしょうか。それじゃ、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に「写実主義 リアリズム」の発展の歴史やその後の影響を解説していきます。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。芸術史をたどるとき「写実主義 リアリズム」を避けて通ることはできない。「写実主義 リアリズム」は、神話を主題とする想像的な芸術の様式に革命をもたらし、風景画を描く運動を活発にした。そんな芸術様式の実践と理論を解説していく。

ヨーロッパの美術はキリスト教の世界観が基本

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ラファエロ・サンティ - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, リンクによる

ヨーロッパの美術は、キリスト教の世界観をどのように表現するかを追求することで発展してきました。神の世界を忠実の再現するために開拓されたのが様々な写実する技術です。そのクライマックスとなるのが遠近法の完成でした。

絵画の技術は神の意図を再現するために用いる

ヨーロッパの画家の関心は、立体的な空間を表現するための技術を開拓すること。立体的な空間を2次元のキャンバス上で再現することは、神が創った世界を再現することでもありました。

神の仕事である「世界の再現」に、人間が関わることは基本的にタブー。それは立ち入ることができない崇高な仕事でした。それを唯一許されたのが芸術家。画家は例外的に神の世界を再現することを許された存在だったのです。

卑しいものを主題とすることはダブー

キリスト教の世界観と密接に結びつきながら発展した絵画。画家がキャンバス上に再現するものは崇高な主題とされていました。そのため、あまりにリアルに事物を描き出すことはタブー。神の世界と絵画の世界のあいだに一定の距離を作ることが暗黙の了解とされていました。

そのため写実主義が登場する以前の絵画は空想的に美化された内容。主題は、歴史的出来事や神話の世界、宗教の逸話などが中心でした。いかに美しい世界を描き出すかが画家の腕の見せ所となります。

写実主義と対立するロマン主義とは?

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ウジェーヌ・ドラクロワ - This page from 1st-art-gallery.com, パブリック・ドメイン, リンクによる

写実主義を語るうえで、批判の対象となった方法である「ロマン主義」を避けて通ることはできません。ロマン主義を批判するなかで提案されたのが事物をありのままに描写することでした。そこで写実主義に先立ち、ロマン主義について解説していきましょう。

画家の想像力を主張するのがロマン主義

ロマン主義の画家が重視したのは想像力。神話や歴史的出来事をもっとも劇的な構図により表現しました。それゆえロマン主義の絵画はとても迫力があり美しいもの。鑑賞者の心を揺さぶるために誇張した表現を追求するものでした。

とくにロマン主義の画家が好んで描いたのが中世の歴史的出来事。戦いに挑む英雄的人物の姿を、より迫力ある構図により描き出します。ロマン主義の絵画のなかで中世の出来事は現実離れした神話の世界のようになりました。

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事実をねじ曲げているとロマン主義は批判される

しかしながら、ロマン主義の画家による大げさでダイナミックな描写に異議を申し立てる流れが出てきます。それが写実主義者たちです。ロマン主義の迫力ある描写は歴史の事実をねじ曲げる行為に他ならないと批判しました。

事実からかけ離れた絵画が流通することで、歴史の知識がない人はそれを真実を思い込んでしまいます。ロマン主義の絵画は美しい描写と構図が特徴的ですが、神の意図を再現するという画家の仕事を越えるものとみなされました。

写実主義は同時代のリアリズムを追求

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大げさで空想的なロマン主義の反動としてあらわれた写実主義(リアリズム)。迫力ある構図や描写を特徴とするロマン主義とは対照的に、現実のある物や人物をありのままに描くことを追求しました。これまで取り上げられることがなかった主題を採用することで賛否両論を巻き起こします。

実在する人物の姿をありのままに描写

写実主義(リアリズム)の大きな特徴が、実在する人物の姿を美化することなく描くことです。たとえば男性を描く場合、ナポレオンのような英雄化された歴史的人物ではなく、身近にいる人物をモデルとしました。

さらに写実主義の画家は、女性のぜい肉や老人のしわなども隠すことなく描写します。これまでは醜いものとして意図的に表現から排除されていた人間の現実に向き合ったのが写実主義でした。

貧しい農民の姿を描くことは革命的だった

とくに写実主義の革新的なところは、当時としては最も卑しい存在とされていた農民が働く姿を主題に選んだ点にあります。このテーマの選択は前代未聞でした。なぜなら写実主義以前の美術では、農民をテーマに描くという発想そのものがなかったからです。

神の意図をキャンバス上で再現する絵画において、当時としては卑しい存在とされる農民を描くことは冒涜に他なりません。そのため写実主義の画家が、労働に従事する田舎の農民を描いたことで、芸術の世界に激震が。それを理由に展覧会の出品が拒否されることもありました。

写実主義を発展させた3人の画家の存在

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写実主義を発展された有名画家は3人。ギュスターブ・クールベ、ジャン=フランソワ・ミレー、そしてカミーユ・コローです。3人の画家は写実主義あるいはリアリズムの画家にくくられていますが、それぞれに画風やテーマに個性や特徴がありました。

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ギュスターブ・クールベは写実主義を理論化した前衛的画家

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ギュスターヴ・クールベ - 不明, パブリック・ドメイン, リンクによる

写実主義を実践するのみならず理論化したのがギュスターブ・クールベです。彼の代表作が「画家のアトリエ」と「オルナンの埋葬」。前者は自身のアトリエを、後者は田舎の葬式を描いたものでした。この2作品は、パリの万国博覧会の出品を拒否された過去を持っています。

この措置に納得がいかなかったクールベは万博会場の近くで個展を開催。そこで配布された目録に記されたクールベの文章は、まさに写実主義を理論化するものでした。彼のアカデミックな素養がちりばめられた文章は、のちに「リアリズム宣言」と呼ばれるようになります。

同時の卑しい存在に光を当てたジャン=フランソワ・ミレー

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ジャン=フランソワ・ミレー - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, リンクによる

ジャン=フランソワ・ミレーは農民の生活を積極的に描いた画家です。写実主義について学ぶとき、世界史の教科書で紹介されることがとくに多い人物。そんな彼の代表的作品である「種まく人」や「落穂ひろい」は出品するたびに散々な評価を受けました。

彼は志を同じくする芸術家の誘いをうけて、フォンテーヌブローの森の入口にあるバルビゾン村に移住。その地は他の写実主義の画家が写生に訪れるエリアでした。ここで描かれた一連の絵画はバルビゾン派と呼ばれるようになります。

カミーユ・コローは写実主義と印象派の橋渡しをした人物

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ジャン=バティスト・カミーユ・コロー - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, リンクによる

写実主義と印象派の橋渡しをした人物がカミーユ・コローです。コローは森や湖を描いた風景画で知られる画家。神話の風景ではなくフランスの田舎のありきたりな風景をテーマとしました。田舎の人々の生活を静かに見つけるやさしいまなざしに特徴があります。

ミレーと同じくバルビゾンにいた時期があることから、コローはバルビゾン派のひとりと位置づけられました。同時に彼は先進的な表現にも挑戦。のちの印象派やキュビスムの画家にも影響を与えたことでも知られています。晩年は生活に困っている若い芸術家の面倒をみることも。若手に親しまれる存在でもありました。

写実主義台頭の背景にあるのは芸術の受容者の変化

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By No picture credit in book - From The Story of Leeds by J. S. Fletcher, available from the Internet Archive, Public Domain, Link

写実主義が台頭した背景には芸術を受容する層が変化したことがあります。これまで芸術を享受できたのは一部の特権階級。しかしながら新興の富裕層が出現するなかで芸術の大衆化が進んでいきました。それにより好まれるテーマや芸術のあり方に変化が起こり、それが写実主義を台頭させる一要因となったのです。

産業革命が進んだことで新興の富裕層が台頭

新興の富裕層があらわれるきっかけとなったのが産業革命。手工業に変わって大規模に機械化された製造業で、経済的そして社会的に成功する人々が出現します。このような産業資本家には、身近な内容を描いた絵画の方が好まれました。

写実主義者が神話の世界を脱却して実際の人物を描いた背景には、産業資本家が自らの肖像画を依頼したことがあります。新興の富裕層は、自分の成功を主張するために、神話の英雄ではなく自分の姿をキャンバスに残すことを選びました。

受容者が正しく理解できる芸術を目指した写実主義

また、芸術の素養が十分にあるとは言えない新興層が受容者であることから、より正しく物事を伝える必要があるという考えも生まれます。なぜなら、過去の歴史を美しく誇張して描くことで、知識のない人々はそれを事実と受け止めてしまうからです。

芸術の受容者に誤った理解を植え付けてしまう表現は、それは事実の捏造に他ならないと写実主義者は考えました。そのため、ロマン主義のように迫力ある表現を追求するのではなく、目で見た対象を淡々と描こうとしたのです。

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スーパーリアリズムは写実主義の発展形

image by PIXTA / 43138956

1960年代後半から70年代はじめにかけてアメリカ合衆国を中心に起こった運動がスーパーリアリズム。「スーパー」という言葉からも分かるように、リアリズムを徹底的に追及するものです。この流派の画家は、写実主義の進化系と言えるだろう信念をもっていました。

都市の風景や身近な肖像画を描く

スーパーリアリズムは、ハイパーリアリズムあるいは写真的写実主義ともいわれる流派です。それぞれの画家に個性があり、ひとつの流派に括ることは難しいのですが、日常生活や都会の風景、一般人の肖像画などを主題とした点は共通しています。

写実主義の現代版とも言えるスーパーリアリズム。代表的な画家となるのがロバート・ベクトルやチャック・クロース。また、リチャード・エステス、マルコム・モーリーなどもスーパーリアリズムの画家に含まれます。

写真を使ってリアリズムを追求

スーパーリアリズムの表現上の特徴は、写真を用いて対象をそのまま再現する機械性。この流派の画家は、プロジェクターにより写真をキャンバスに投影して、エアブラシなどで転写する方法をとりました。

画家の想像力を徹底的に排除して、ものごとをありのままに見つめることを重んじます。それゆえ「没個性的」であると批判されることも多々ありました。過度な想像力に異議を申し立てる姿勢は、ロマン主義に対する写実主義の画家たちと共通していると言えるでしょう。

「写実主義 リアリズム」は芸術の大衆化の歴史からうまれた運動

「写実主義 リアリズム」は、現代では当たり前となったテーマをはじめて美術の世界に持ち込んだ運動です。田舎の風景や人々の生活、身近な人物をありのままに描くことは、当時としては前例のない前衛的なものでした。そのため写実主義の画家は、権威ある展覧会に出品を拒否されるなど、保守的な人々から疎まれることも。またこの運動は、絵画の手法にとどまらない貴族と産業資本家の対立のあらわれでもありました。世界史の流れのなかで「写実主義 リアリズム」を見ていくと、芸術史におさまらない歴史的意味が見えてくるでしょう。

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ヨーロッパの歴史世界史歴史

日常の風景を描写する「写実主義 リアリズム」の特徴や意味を元大学教員がわかりやすく解説

「写実主義 リアリズム」は、美術史のなかでロマン主義の反動として登場した絵画の様式のことを指す。現実の人間の姿を理想化することなく描写することが、この表現方法の特徴です。労働に従事する田舎の農民のを描いたミレーの「落穂ひろい」は「写実主義 リアリズム」の有名作品のひとつと言えるでしょう。

当時の画家たちはどうしてこのような主題を選んだのでしょうか。それじゃ、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に「写実主義 リアリズム」の発展の歴史やその後の影響を解説していきます。

ライター/ひこすけ

文化系の授業を担当していた元大学教員。専門はアメリカ史・文化史。芸術史をたどるとき「写実主義 リアリズム」を避けて通ることはできない。「写実主義 リアリズム」は、神話を主題とする想像的な芸術の様式に革命をもたらし、風景画を描く運動を活発にした。そんな芸術様式の実践と理論を解説していく。

ヨーロッパの美術はキリスト教の世界観が基本

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ラファエロ・サンティ – The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, リンクによる

ヨーロッパの美術は、キリスト教の世界観をどのように表現するかを追求することで発展してきました。神の世界を忠実の再現するために開拓されたのが様々な写実する技術です。そのクライマックスとなるのが遠近法の完成でした。

絵画の技術は神の意図を再現するために用いる

ヨーロッパの画家の関心は、立体的な空間を表現するための技術を開拓すること。立体的な空間を2次元のキャンバス上で再現することは、神が創った世界を再現することでもありました。

神の仕事である「世界の再現」に、人間が関わることは基本的にタブー。それは立ち入ることができない崇高な仕事でした。それを唯一許されたのが芸術家。画家は例外的に神の世界を再現することを許された存在だったのです。

卑しいものを主題とすることはダブー

キリスト教の世界観と密接に結びつきながら発展した絵画。画家がキャンバス上に再現するものは崇高な主題とされていました。そのため、あまりにリアルに事物を描き出すことはタブー。神の世界と絵画の世界のあいだに一定の距離を作ることが暗黙の了解とされていました。

そのため写実主義が登場する以前の絵画は空想的に美化された内容。主題は、歴史的出来事や神話の世界、宗教の逸話などが中心でした。いかに美しい世界を描き出すかが画家の腕の見せ所となります。

写実主義と対立するロマン主義とは?

Eugène Delacroix - La liberté guidant le peuple.jpg
ウジェーヌ・ドラクロワThis page from 1st-art-gallery.com, パブリック・ドメイン, リンクによる

写実主義を語るうえで、批判の対象となった方法である「ロマン主義」を避けて通ることはできません。ロマン主義を批判するなかで提案されたのが事物をありのままに描写することでした。そこで写実主義に先立ち、ロマン主義について解説していきましょう。

画家の想像力を主張するのがロマン主義

ロマン主義の画家が重視したのは想像力。神話や歴史的出来事をもっとも劇的な構図により表現しました。それゆえロマン主義の絵画はとても迫力があり美しいもの。鑑賞者の心を揺さぶるために誇張した表現を追求するものでした。

とくにロマン主義の画家が好んで描いたのが中世の歴史的出来事。戦いに挑む英雄的人物の姿を、より迫力ある構図により描き出します。ロマン主義の絵画のなかで中世の出来事は現実離れした神話の世界のようになりました。

\次のページで「事実をねじ曲げているとロマン主義は批判される」を解説!/

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