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5分で分かる!宗教改革を行った「ルター」を歴女が徹底わかりやすく解説!

3 ルターの布教活動

ルターの活動の特徴は、ドイツの民衆らに分かりやすいようにドイツ語を使って分かりやすく説いていったことが挙げられます。ちなみに教会で人々が集まって歌う讃美歌はルターが考案したそう。ルターはそれまでは教会の聖歌隊だけが歌っていた讃美歌を人々が歌えるようにドイツ語の讃美歌を考案しました。

3-1 聖書を重点的に

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ルターが宗教活動で最も重視したことは、聖書の言葉を理解すること。その後ルター派はプロテスタントと呼ばれるように。ちなみにプロテスタントは、信仰によってのみ救われることや聖書中心主義、万人司祭主義という特徴を有しています。またカトリックでは修道士及び修道女の結婚は認められていませんが、プロテスタントでは結婚はOKだそう。ちなみにルター自身も42歳の時に元修道女だった女性と結婚し6人の子どもに恵まれることに。

3-2 その他の宗派

ルターによって起こった宗教改革。他の宗派はどうなったのでしょうか。ルターの考えをより厳格としたものにカルヴァン派があります。これはフランス人のカルヴァンが唱えたもので、聖書を重視して神への絶対服従を主張したもの。このカルヴァン派はフランスではユグノー、イギリスではピューリタンと呼ばれるようになることに。

3-3 ルターとドイツ農民戦争

ルターの宗教改革は主にドイツ北部やドイツ以外の地域にも広がることに。ところが南ドイツではルターは支持されていません。この背景にはドイツ農民戦争が。

ルターの改革によってドイツ各地で農民による一揆が起こるように。1525年にはシュワーベン地方の農民らが自分たちの行いはキリスト教的であり、12カ条の社会的なものと宗教的なものの要求をすることに。更に自分たちは神学者の判断に従うと表明。これに対しルターは見解を求められ「勧告」を執筆することに。そこでは中立な仲介者を立てて平和的に解決することを求めました。ところが事態は悪化。一揆が暴動となり、ルターは方針を変更せざるを得なくなりました。これまで農民らは自身らの行いをキリスト教的としながらも暴力によって解決しようという姿勢にルターが認めることができなかったため。こうしてルターは「農民の殺人・強盗団に抗して」を執筆し、諸侯らに鎮圧することを求めます。しかしそれによって農民らは虐殺され、被害は10万人とも言われてるほどに。こうしてルターと宗教改革は農民らの支持を失いました。

神と向き合ったルターが起こした宗教改革

もともとは法律家になるべく大学に通っていたルター。しかし落雷に遭ったことで彼の運命が一変することに。その後修道士となりアウグスティヌス会修道院での生活で聖書と向き合っていくことに。やがて人は信仰によってのみ救われるという考えに至るようになったルター。その頃のローマ教会はドイツで免罪符を売り、安易な方法で民衆を正しく導かないやり方に怒りを覚えることに。95カ条の論題を出し、それが大きな反響を与え、新たな新教(プロテスタント)が成立するきっかけを作ることに。言葉によって人々に寄り添って宗教改革を行ったルターは英雄です。

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