

第二次世界大戦が始まるとドイツは快進撃を続け、ポーランド占領に成功してフランスも降伏させた。ドイツの強さにイタリアと日本も加わり、やがて日独伊三国軍事同盟が締結される。そんな時、アメリカが動き出してイギリスに援助した。
太平洋戦争の勃発
アメリカがイギリスに援助したことで、ドイツはイギリス攻略に苦戦します。空爆を続けるもののドーバー海峡における制空権は奪えず、業を煮やしたドイツは1941年6月、意外にも条約を結んだソ連に対しての侵攻を始めました。ドイツの狙いはソ連の石油資源、一方的に独ソ不可侵条約を破棄してソ連を攻めたのです。
ドイツの強さは健在でモスクワあたりまで侵入しますが、ソ連の反撃もまたすさまじく、気温の寒さも影響してドイツはあと一歩のところで苦戦を強いられてしまいます。さらに1941年12月、日中戦争のさなかにアメリカと対立した日本が真珠湾攻撃の奇襲をかけて太平洋戦争が勃発しました。
日本とアメリカの太平洋戦争、これによって日本との同盟を締結させていたドイツ、イタリアもこれによってアメリカに宣戦することになります。これで「日本・ドイツ・イタリア」対「アメリカ・フランス(降伏)・イギリス・ソ連」の第二次世界大戦の図式が成立しました。
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ドイツ、イタリアの降伏
真珠湾攻撃の奇襲で先制した日本でしたが、翌1942年になるとアメリカとの軍事力の差が明確に出るようになり、ミッドウェー海戦では主力の空母を失った上に敗北。さらにサイパンやグアムも失ってしまい、これによって日本の本土が空爆されて追い詰められていきました。
一方のドイツは、ソ連を裏切って侵攻したものの、第二次世界大戦における最大の攻防戦とされるスターリングラードの戦いで敗北。これまで快進撃を続けたドイツも、この敗北でとうとう敗走します。さらにイタリアはアメリカとイギリスの連合国に上陸されたことで降伏、ムッソリーニは失脚しました。
アメリカの援助によって一変して優勢になった連合国、1944年には100万人もの軍を投入してドイツ軍排除のためにフランスへと上陸。第二次世界大戦開戦直後にフランスを占領して降伏させたドイツでしたが、連合国の激しい攻めに対抗できずパリを解放、そしてヒトラーは自殺してドイツも降伏しました。

ドイツの快進撃はもはやここまで、アメリカの援助でイギリスは力を得た。攻め切れないドイツはソ連を裏切って侵攻するが返り討ち。日本はアメリカと太平洋戦争を起こしたものの戦況は不利、そのさなかにドイツとイタリアが降伏した。
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