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日本が奇襲を仕掛けた太平洋戦争の初戦「真珠湾攻撃」を元塾講師が分かりやすく5分でわかりやすく解説

太平洋戦争の結末

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ミッドウェー海戦での報復

アメリカにとって真珠湾攻撃の報復となったのは、太平洋戦争の中で起こった1942年のミッドウェー海戦でしょう。日本海軍機動部隊とアメリカ海軍機動部隊が戦い、その場所がハワイ北西のミッドウェー島付近だったため、その名が付けられました。

太平洋戦争が始まると、真珠湾攻撃による奇襲から日本は半年以上もの間、戦況を有利に進めます。しかし形勢逆転されてたちまち劣勢となり、敗北に進むきっかけとになったのがこのミッドウェー海戦、しかも撃墜されたのは真珠湾攻撃で活躍した主力の空母でした。

真珠湾攻撃の時にいなかったアメリカの空母が、真珠湾攻撃で活躍した日本の空母を撃墜……アメリカにとってそれは報復に値する士気の向上となったでしょう。この戦いで主力の空母を失った日本は攻勢に出ることができなくなり、守勢に転じて敗北を続けていくことになります。

日本の敗北

真珠湾攻撃に勝利したとは言え、あくまでそれは太平洋戦争の緒戦です。4年続いた太平洋戦争の中で日本はアメリカに形勢逆転され、やがて敗北が続くようになりました。とうとう日本の本土まで迫ったアメリカは、爆撃機の空襲によって日本を火の海へと変えていきます。

日本の敗北が決定的となった頃、1945年7月にドイツのポツダムにてポツダム宣言が出され、アメリカらは日本に対して無条件降伏を要求しました。日本政府がこれを黙殺するとアメリカは広島と長崎に原爆を投下、戦後に至っても語られるその忌まわしい爆発で50万人近くの死傷者が出る惨事となったのです。

ようやく日本政府はポツダム宣言を受け入れて降伏、真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争は日本の敗北に終わり、またポツダム宣言の受諾は日中戦争の敗北も意味することになりました。第二次世界大戦の中で最後まで行われて太平洋戦争、すなわち太平洋戦争の終わりは第二次世界大戦の終わりにもなったのです。

日本の作戦の理解が真珠湾攻撃の理解となる!

真珠湾攻撃のポイントは、日本の作戦です。長期戦が不利とみた山本五十六は奇襲を提案、それは短期決戦で決着をつけるためでした。奇襲でアメリカの戦意を奪い、講和に持ちこむのが日本の思惑でした。

ではなぜ長期戦は不利なのか?……それはアメリカの軍事力が日本のそれを上回っていたからでしょう。この点を理解しておかないと、そもそも日本が突如攻撃を仕掛けた理由すら分からないですからね。

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