大正日本史昭和歴史

2度の結婚、2人の愛人、5度の自殺「太宰治」の一生を元塾講師が分かりやすく5分で解説

よぉ、桜木建二だ。今日は太宰治について勉強していくぞ。太宰治とは「走れメロス」や「人間失格」などで有名な日本の小説家だが、全体的に作風は暗く、また小説家という点から堅い人物像を想像するだろう。

しかしあくまでそれはイメージにしか過ぎず、イメージと現実には大きなギャップがあるものだ。そこで、今回は太宰治の一生について日本史に詳しいライターリュカと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/リュカ

元塾講師で、現役のライター。塾講師とライター業に共通して「わかりやすい伝え方」に定評がある。今回は得意分野のひとつである「歴史」から太宰治の一生をわかりやすくまとめた。

誕生から高校進学まで

image by PIXTA / 3294239

文学を好み、読書で育つ

一人黙々と小説を書いて過ごしていた姿が目に浮かぶ太宰治ですが、実は2度の結婚と2人の愛人を作った恋多きモテる男性です。もうこれだけで堅いイメージが崩れたと感じる人もいるかもしれませんが、ここから彼の一生を振り返ってみるとしましょう。

太宰治の本名は島津修治、生まれは1909年の6月19日に青森にて。祖父は青森で新興商人地主として成功をおさめ、それを継いだ父がその事業をさらに拡大、言わば太宰治はお金持ちの裕福な家に生まれました。そんな太宰治は幼い頃から既に文学への興味を持ち、5歳の時点で文字を教わって読書を覚えます。

最も、これは太宰治の育った環境が関係しており、母は太宰治を産むと体調を壊してしまい、そのため母に代わって乳母が彼を育てていました。しかし、乳母は結婚が決まると家を出て、今度は伯母が彼を育てるようになります。その伯母の女中として島津家に入ったのが近村タケ、彼女は太宰治に道徳・文学を教えていたのです。

生活を一変させた芥川龍之介の自殺

小学校に入学すると秀才ぶりを発揮、勉強一筋ではなく明るい一面も持っていたようで、クラスの人気者となっていました。ただ、兄は中学校の勉強で苦労して落第、太宰治に同じ思いをさせてはならないと考えた父は、彼を中学入学前に高等小学校に入学させて学力向上を図ります。

このような事情から1年遅れて中学へと進んだ太宰治、小学校の同級生が先輩として振る舞う態度は彼にとって屈辱で、それをバネにして勉強に励んでいたようです。もちろん読書の趣味は健在、芥川龍之介などの難しい本も好んで読む太宰治は、この頃から小説家としての道を目指すようになりました。

成績優秀、小説家の夢……希望に満ち溢れた太宰治の将来でしたが、高校に進学すると思わぬ知らせを聞いたことで生活が一変。その知らせとは、尊敬すべき芥川龍之介の自殺でした。ショックのためか、太宰治はそれ以来勉強を完全に放棄、その一方で芸者や遊女と遊ぶ生活を送るようになってしまったのです。

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文学と読書で育った太宰治は、小学校・中学校ともに成績優秀だった。小学校では人気者、中学校では小説家を目指すようになり、校内で同人誌も発行していたようだ。しかし、尊敬すべき芥川龍之介の自殺によって生活は一変した。

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